第127話 使者
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「人類と停戦交渉だと!!」
会議室に怒声が響いた。
六角形のテーブルには、辺に合わせて6脚の椅子が置かれている。
しかし、座っているものは、4人だけだった。
1人目は副官筆頭にして、第一師団師団長ドラゴラン。
次に鳥人族を主体とする第五師団師団長ファーファリア。
さらに最年少副官であるヴァロウ。
最後に座っていたのは、唯一副官でないものだった。
文民派を代表するダークエルフ――ロドロアンが、本来第四師団師団長ベガラスクが座る椅子に座っていた。
そのベガラスクは、ロドロアンの後ろに控えている。
前に座るダークエルフが金切り声を上げて、眉一つ動かさなかった。
ロドロアンは荒々しく椅子を蹴り、ついでに机を叩く。
怒れる猛将を演じたいところなのだろうが、ドラゴランやかつての第六師団を率いたゴドラムと比べれば、可愛いものだった。
「人類と停戦など言語道断だ! 私は反対する!」
ロドロアンは鼻息を荒くする。
周りは己よりも強い副官だ。
それでも全員に睨みを利かせると、最後にヴァロウをロックオンした。
憤怒の形相を浮かべるロドロアンに睨まれても、当のヴァロウは涼しげな顔だ。
取り合うことも、睨み合うこともなかった。
「ヴァロウ副官殿。此度の停戦交渉の提案は、あなたから発案されたとお聞きしました。あなたの知謀知略は確かに称賛すべきでしょう。多くの人類軍を追い払ったことも認めます。しかし、魔族の軍神とも言うべきあなたが、何故停戦などという消極的な行動に出るのですか?」
ロドロアンは机から身を乗り出す。
狂犬じみた灰色の瞳を細めた。
「戦いすぎて、戦うのが嫌になった。それとも、怖くなったのですか?」
目一杯、場の空気に練り込むように、ロドロアンの殺気が漂う。
副官からすれば、まだまだ未熟ではあったが、場の空気を凍てつかせるには十分だった。
やはりヴァロウは動じない。
猛るダークエルフを、ヘーゼル色の双眸に収めることもなかった。
「ふん……」
ロドロアンは鼻息を荒くする。
ようやく身を引くと、黒のローブを翻し、部屋を出て行った。
その後ろには、ベガラスクも付き従う。
2人が出て行く瞬間、一瞬ベガラスクが残った副官たちの方を見たような気がした。
「ふん! ようやく出て行ったかね。全く……。部屋が黒肌臭くて堪らないよ!」
ロドロアンが部屋を出て行った直後、口――いや嘴を開いたのは、ファーファリアであった。
その匂いを嫌がるように、翼を動かして空気を払う。
ダークエルフに特有な匂いはないが、よっぽどロドロアンのことが嫌いなのだろう。
「ヴァロウ……。あんたの態度は間違ってないよ」
ファーファリアが珍しく褒める。
すると、ヴァロウはロドロアンの時とは違い、ファーファリアの方に向き直った。
「ああいう勘違いしたヤツは、相手にしないに限る。文民派の代表だかなんだか知らないが、副官でない者がここにいるのがおかしいのさ」
ドライゼル城では1度廃止された御前会議だが、ゲーディア城に移ってから復活した。
議会を開き、民主的に(魔族が民主的というのも何か違う気はするが)決めるのは、決して悪いことではないとヴァロウも考えるところである。
が、今は旧同盟領を占領した直後だ。
人、金、そして資材――すべてにおいて足りていない状況では、議会制ではあまりに復興の速度が遅すぎた。
それ故、ヴァロウの提案の下、副官のみが出席を許される御前会議が再開されたのである。
にも関わらず、ロドロアンは勝手に会議に出席した。
ベガラスクの席を乗っ取ると、すでに魔王城で噂になっている停戦交渉について早速糾弾したというわけである。
「八つ裂きにされなかっただけでも、感謝してほしいぐらいさ。しかも、怒鳴り散らすだけ怒鳴り散らして帰っていきやがった……たく。パフォーマンスが過ぎるというものだ」
「パフォーマンス? ファーファリアよ。ロドロアンの一連の動きが、演技だと言いたいのか? わしには、ただ単に怒っているようにみえるが……」
長い首を捻ったのは、ドラゴランだった。
それを聞いて、ファーファリアは息を吐く。
「相変わらず、あんたは政治に疎いねぇ。……停戦交渉で反対と言っておけば、少なくとも魔族の受けはよくなるからね。仮に停戦交渉に成功したとしても、自分たちの意見が蔑ろにした、と喚き、失敗すれば『それ見たことか!』と烈火のごとく糾弾し、責任者を吊し上げる寸法さ。ロドロアンはそういう椅子に早速座ったのさ。ああいう手合いを残しておくと、後々めんどくさいよ。……とはいえ、あたいも停戦交渉に反対という立場は同じだがね」
片目となった黒目を鋭く光らせた。
その眼光を受けたのは、当然ヴァロウである。
「さて、聞かせてもらおうかね。何故、今停戦交渉なのか……? たっぷりあんたの神算鬼謀を聞かせてもらおうじゃないか」
「理由は難しいことではありません、ファーファリア殿。単純に、今の魔族に戦力がない。停戦交渉は、その戦力を整える時間稼ぎだと思っていただきたい」
「戦力がないか……。果たしてそうかね? 旧同盟領を占拠したことによって、あたいたちは、人類の喉元深くまでやってくることができた。さらに地形上、今ならドライゼル城に今も残る第二、第三師団と挟撃できる位置にもある。あんたの言う通り、戦力は少ないだろう。そして時間をおけば、確かに戦力の充実化を計ることができる。――が、それは人類側にも同じことが言えるのではないのかい」
「ファーファリア殿が言うことは間違ってはいません。実際、その通りです。ですが、俺が問題視しているのは、あくまで戦力上の問題です。はっきり申し上げますが、現有戦力で人類本国に深く浸透することも、前線軍を挟撃することもかないません。俺の考えは、まずその作戦が立てられるだけの戦力を整える方が先決だと言いたいのです」
「それを何とかしてきたのが、お前さんだろう? 今回もその利口な頭を捻ればいいじゃないか。あんたは10万の兵に対して、その10分の1の兵力で追い払ったんだよ」
「俺は戦術によって、自分の戦力の10割の力を引き出しているに過ぎません。それ以上の結果を求めるには、長期的戦略が必要なのです」
「なるほど。わかった……いや、まだわかっちゃいないが、まあやってみるといい」
「ご理解いただきありがとうございます、ファーファリア殿」
ヴァロウは立ち上がって、礼を述べる。
続いて椅子を引いたのは、ヴァロウの後見人であるドラゴランだった。
「わしからも礼を言う、ファーファリア」
「ふん。くすぐったいねぇ。だが、あたいは認めたわけじゃない。あんたたちがとちった時、あたいは優位な方に付かせてもらうよ。と言っても、あの忌々しい黒助に尻尾を振るつもりなんて、これっぽっちもないけどね」
ファーファリアはふんと嘴を振った。
さらに言葉を続ける。
「だが、さっきも言ったが、停戦交渉に失敗しても、成功しても、文民派をつけあがらせるだけだよ」
「それは問題ありません。すでに手は打ってあります」
「ほう……。そいつはあの小生意気なダークエルフの鼻っ柱を折ることができるって言うんだね。それは楽しみだ」
「まあ、それはさておきだ。ファーファリアよ。その前に問題があろう」
「ん?」
ファーファリアは眉を顰めた。
「前提条件として、まず人類側がこの交渉に乗ってくれるかどうかということだ」
「ははは……。確かにね。その辺の算段はどうなんだい、ヴァロウ」
すると、ヴァロウは1度ぺこりと頭を下げる。
「ご心配なく……」
すっ飛んでやってきますよ。
◆◇◆◇◆
ヴァロウの予測は当たった。
親書を携えたアズバライト教の神官リーアンが、ゲーディア城を出立して、20日後、停戦交渉に応じる旨が魔族側に伝達された。
さらに20日後、ついにその停戦交渉の使者が、リーアンに伴われゲーディア城にやってくる。
客車から現れたのは、一振りの剣を携えた犬牙族の女だった。
柔らかくウェーブがかった黒髪に、頭の上でピンと立ち上がった耳。
しなやかな肢体には白銀のライトメイルを纏い、大きく張りのあるお尻からは、黒と白が混じった尻尾が飛び出ている。
青い三白眼は鋭く、油断なく辺りに放たれていた。
最近、擬装が済んだ地上部の魔王城を見上げる。
ふんと鼻を鳴らし、入口で出迎えた魔王の副官を睨み付けた。
全く怯む様子はない。
相当肝が据わっているのか。
あるいは薬か魔法かで、恐怖を押さえ付けているとしか思えなかった。
「うわあああああ!!」
しばし犬牙族の女戦士は、副官たちと視線を交わしていたが、唐突に悲鳴が響き渡った。
「痛たたたた……」
頭を押さえたのは、犬牙族の戦士とは対照的に、緩い男だった。
ぼさぼさの灰色の髪に、顎には無精髭。
纏っていたのは白衣であったが、ところどころがほつれていた。
とにかく、ボロボロの身なりである。
ついでに言うと、猫背であった。
どうやら馬車から降りる際、躓いて頭から突っ込んだらしい。
そんな男の前で、犬牙族の女戦士はため息を隠さない。
やがて手を差し出した。
「大丈夫ですか? アルデラ様?」
その名前に、全員の副官が反応する。
最近、その名を聞いたばかりだからだ。
アルデラ・フィオ・ディマンテ。
前線軍の元副官であり、現最高司令官である。
明らかに冴えない男であった。
名前を聞いても信じる者はいないだろう。
だが、彼の顔を知るヴァロウ、さらに控えていたメトラは確信する。
メトラは反射的に上司の手を握った。
「間違いありませんわ」
「ああ……。アルデラだ」
アルデラは愛想笑いを浮かべながら、出迎えた魔族に挨拶をする。
まさか前線軍の最高司令官が使者とは……。
奇襲ともいえる人事に、斬りかかることすら忘れてしまった。
やがて、ヴァロウの前にやってくる。
「よろしく。僕の名前はアルデラ・フィオ・ディマンテだ」
「ああ……。俺の名前はヴァロウだ」
すると、ほんの一瞬アルデラの表情が固まる。
だが、すぐににこやかな顔を、ヴァロウに振りまいた。
「そうか。君がか。お目にかかれて光栄だよ、ヴァロウ」
気さくに挨拶を交わす。
だが、その萌葱色の瞳は一切ヴァロウを見て笑ってはいなかった。
1月10日に『ゼロスキルの料理番』の2巻も発売されます。
出来れば、お年玉をとっていていただけると嬉しいです。




