第126話 神官の女
書籍化に伴い、タイトル変更しました。
令和2年1月15日に発売です。
少しお年玉を残しておいていただけると嬉しいです。
アズバライト教は、世界で唯一と言っていい宗教団体である。
ただ土着信仰や精霊信仰とは違って、具体的な偶像はなく、アズバライトというのも、創始者の名前に過ぎない。
だが、その名前は人類、魔族問わず広く知られ、その功績を称えるものも少なくなかった。
何故ならば、アズバライトは人類でありながら、魔族という存在を初めて受け入れ、入信を許可したからである。
その教えは彼が死んで100年以上経った今でも、12の神官によって受け継がれ、今では人類50、魔族50という割合に達していた。
これらはすべて、人類の中で虐げられた弱者、魔族の中で虐げられた種族が中心であるが、分け隔てることなく、その入信を受け入れた結果、総信者数は100万人と言われており、また隠れ信者なども合わせると、その3倍はいるのではないかと予測されるほどの一大勢力に発展していた。
さらに創始者アズバライトは、「不戦の誓い」を立て、人類と魔族の戦争に中立的な立場を取り、人類も魔族もその勢力の多さを軽視できず、暗黙の不可侵を貫いてきた。
おかげで、人類と魔族が戦争する中で、着々と勢力を伸ばしてきたのである。
そして、ついにそのアズバライト教が再び歴史の表舞台に立つ日がやってきた。
魔族の拠点に、その神官がやってきたのだ。
これは創始者アズバライトが、かつての魔王城ラングズロスにやって来て以来のことであり、当然新魔王城ゲーディアに招かれた最初の人類であった。
「まさか人族の神官がやってくるとはな」
ドラゴランは旧メッツァー城塞都市の城壁から、こちらに向かってくる馬車を眺めていた。
先頭には馬に跨がったルミルラ。
神官を乗せている馬車の横には、メトラが付いていた。
周りをヴァルファル軍から選抜した護衛部隊が取り囲んでいる。
12の神官は、2人の人族、2人のエルフ、2人の獣人族、そして6人の魔族で構成されている。
てっきり魔族の神官が来るのかと思ったが、先に魔王城に辿り着いたメトラの報告書に寄れば、人族だという。しかも、女だ。
「種族は気にしていません。優秀であればいい。そもそもアズバライト教の神官を呼んだのは、あくまで立ち合いのためです」
冷たく言い放ったのは、ヴァロウだった。
ドラゴランの側に立ち、ヘーゼル色の瞳を近づいてくる馬車に向けている。
すると、珍しくドラゴランはため息を吐いた。
「お前から作戦内容は聞いているが……。うまくいくかの? いや、お前のことだ。必ず成功させると信じているだろうが」
「心労をおかけし、申し訳ない」
「気にするなと言いたいところだが……。わしはこういうことが不得手だ。戦場で暴れ回ってる方が、性に合うわい」
「今しばらくお待ちいただければ」
「何……。言ってみただけじゃ。頼むぞ、ヴァロウ。我が魔族の行く末は、お前の双肩にかかっておる」
「過分なご期待をいただきありがとうございます。ご心配なく……。すでに状況は我が手の内です」
「うむ。その言葉を聞きたかった」
ドラゴランは満足そうに鋭い牙を見せるのだった。
◆◇◆◇◆
「初めまして~、ヴァロウ様。アズバライト教の神官を務めております。リーアン・ハッシャーと申しますぅ」
のびやかというか、のんびりというか。
場の空気が一瞬にして緩くなるような声が、室内に響き渡った。
ゲーディア城に入城した神官は、休む間もなく、城の中にある小さな謁見室に通される。
そこにいたのは、ヴァロウ、メトラ、ルミルラ、ドラゴラン。
そして、リーアン・ハッシャーと名乗った女神官だった。
腰付近まで広がった淡い金髪に、常に目を閉じているような細目。
ゆったりとした司祭服からでもわかるほど、大きな胸をしており、露出した手や顔の肌は、雪のように白かった。
手には魔石がはめられた杖こそ持っているが、他に武装はなく、頭にはアズバライト教の象徴たる鳩の紋章が刺繍された白い帽子を被っていた。
美人と言えばその通りだ。
が、それ以上に相手の警戒を緩めるような独特な雰囲気があった。
「本当に護衛が1人もいないのだな」
ドラゴランは側にいたルミルラに耳打ちする。
「はい。本人が必要ないと……。そもそもアズバライト教の根幹は『不戦の教え』です。そもそも護衛できるものがいないのですよ」
「ふむ。諍いが起きた時、どうするのだ?」
「不思議なことに起きないそうです。皆、平穏のまま暮らしていると」
「ふむ……」
最後に難しそうな顔を浮かべ、ドラゴランは腕を組む。
すると、リーアンと目が合う。
にこりと笑うと、軽く手を振っていた。
竜人族の恐ろしさは、世界的に知られている。
勿論、リーアンも理解しているだろう。
にもかかわらず、恐怖の「き」の字も表情に出ることはなかった。
その場にいるだけで、リーアンの雰囲気に呑まれていく。
たった1人を除けばだが。
「リーアン・ハッシャー。遠路ご足労いただき痛み入る」
ヴァロウは謁見室のソファに腰掛け、足を組む。
皆が得体の知れない神官の前で緊張する中、ヴァロウだけはいつも通りヘーゼル色の瞳を冷たく光らせていた。
リーアンは少し居住まいを正す。
糸目から薄らと見える橙色の瞳を、ヴァロウに向けた。
「いえいえ~。こちらこそお招きいただきありがとうございますぅ、ヴァロウ様。最年少で魔王の副官になられ、さらに旧同盟領から人類を追い出した方が、どんなお方か気にはなっておりましたぁ」
「我々のことをよく知っているのですね、リーアン様」
メトラは眉を顰める。
警戒を露わにする一方、リーアンの表情は変わらなかった。
「当然ですぅ。我々は何も北の地に座して、世界が平和になるのを待っているだけというわけではありません。創始者アズバライトの教えによって、我々が戦うことはありませんが、それ以外を禁じたわけではありませんので。商売もいたしますしぃ、農業もいたしますぅ。ですが、北の地は工業を興すのも、畑を耕すのも難しい。それ故、やることが決まってくるのですよぉ」
「それが情報の売り買いか……」
「は~い。その通りですぅ、ヴァロウ様。我々には北の地に100万の信者と、人類圏・魔族圏問わず、隠れ信徒がその倍以上潜んでおりますぅ。諜報活動こそが、我々の生命線なのですよぉ」
「そんなことを堂々と言っていいんですか?」
ルミルラは半ば呆れながら、尋ねた。
しかし、リーアンが意に介すことはない。
「おや~? 聞こえませんでしたかぁ? これでも、わたしは必死に売り込んでいるつもりなのですが……」
「商魂たくましいですねぇ。うちの商人といい勝負です」
ルミルラは肩を竦める。
今頃、ペイペロはくしゃみを連発しているだろう。
再びリーアンは目の前に座ったヴァロウに向き直る。
「さて~。ヴァロウ様。わたしを召喚なさったということはぁ、我々から何か情報商材を購入したいとお考えなのではないですか~? 構いませんよぉ。遠慮することはありません。人類圏の情報をお教えしましょう。もちろん、お代は相応となりますけどぉ」
「いや、リーアン。今回お前たちアズバライト教の関係者を呼んだのは、お前たちから情報を買いたいからではない」
「ほう……」
リーアンは糸目をさらに細める。
「アズバライト教の神官を呼び出した時からぁ、普通ではないと思っておりましたが……。それではどのようなご用件ですかぁ」
「単刀直入に言う。あなたには、仲立ちをしてもらいたい」
「仲立ち?」
「ああ。人類と魔族……」
その初めての停戦交渉の仲立ちに、あなたを指名したいのだ。
凜とヴァロウの言葉は、部屋の中に響き渡るのだった。
いよいよ停戦交渉が始まりです。




