第124話 文民派
「うぉおおおおおおおおおお!!」
ヴァロウ率いる第六師団が凱旋した。
その瞬間、凄まじい音圧の吠声が、地下都市のようなゲーディアと名付けられた新魔王城に響き渡る。
ドライゼル城に凱旋しても冷ややかな歓待しか受けなかったヴァロウであったが、旧同盟領を占領して以降は、その名声は日増しに上がりつつある。
まさしく昇り龍のごとき勢いだった。
「よくやったぞ、ヴァロウ!!」
一際大きく歓待したのは、ゲーディアを守っていたドラゴランである。
早速、手を大きく広げて、ヴァロウを抱擁しようとするが、すげなくかわされてしまった。
勢い余ったドラゴランは、ヴァロウの後ろにいたザガスに抱きつく。
凄まじい力で抱きしめられたザガスは、案の定意識を失ってしまった。
それを見て、第一師団の竜人族や城を管理するドワーフ族たちが笑う。
旧同盟領を手に入れて以降、城内は暗いが、雰囲気は明るかった。
しかも、旧同盟領を占領後の戦さに勝ったとなれば、尚更だ。
「4万の兵を、たった5千の兵で打ち破るとはな。さすがはヴァロウだ。後見人として鼻が高いぞ」
ドラゴランは本当に鼻を掲げる。
よっぽど嬉しかったのだろう。
チロッと飛び出したのは、舌ではなく炎だった。
薄暗い城内が一瞬赤黒く染まる。
まさに祝いの花火ならぬ、炎であった。
「ありがとうございます、ドラゴラン様」
「魔王様もお喜びになられるであろう」
「はっ! ……その魔王様は?」
「うむ。それがの。まだ私室で休んでおられる」
魔王ゼラムスは、このところ体調を崩し、私室に臥せっていた。
どうやら、ドライゼル城からこの旧同盟領の長距離の移動が、身体に堪えたらしい。あれからずっと眠り続けている。
「申し訳ありません。俺が無茶な作戦を立てたばかりに」
ヴァロウは頭を下げる。
まさか魔王の身体が、そんな距離を移動しただけで、疲弊するものとは思いも寄らなかった。
「なに心配するな。魔王様は定期的に眠りにつくことがある。その周期と重なった可能性もある。あまり自分を責めるなよ、ヴァロウ」
「はっ。ありがとうございます、ドラゴラン様」
「うむ。魔王様が寝ている間、我らがしっかりとお守りせねば。起きて、城がなくなったとあれば、魔王様もびっくりするであろうからな」
「心得ております」
ヴァロウは一礼する。
だが、魔王ゼラムスという魔族の象徴が表に出られない今、新魔王城ゲーディアは2つに割れていた。
1つは旧来から魔族を引っ張り、ヴァロウも属する副官派。
そして、もう一方ははるばるドライゼル城より海路を使ってやってきた文民派といわれる野党派閥である。
文民派は元々魔王の副官が、魔族の政治の実権を握っていることに不満のある種族の集まりで、昔から存在した。ちなみに魔王ゼラムスがドライゼル城から旧同盟領に移動する話が出ていた時に、反対していたのも文民派の一派である。
ゼラムスが眠っている今、副官筆頭のドラゴランが舵取り役を担っているが、文民派に対する影響力はどうしても弱い。
しかも、最近文民派の中で台頭してきた魔族がいた。
「や、やめてくれ! 頼む!! お願いだ!!」
ゲーディア城の暗い廊下に懇願の声が響く。
ドラゴランとヴァロウたちは、後ろを振り返った。
声を上げていたのは、エウリノームと呼ばれる悪魔族の一種族だ。
海鳥の翼に、鋭い爪と長い牙。
胴は狐色の毛に覆われているものの、頭ははげ上がっている。
見た目はお世辞にも、美しいとは言いがたい。
魔族であるが、どちらかと言えば魔獣のような奇怪な姿をしている。
その魔族は必死になって、目の前の魔族に許しを請うていた。
「あれは?」
ヴァロウの側でやりとりを見ていたメトラが目を細める。
エウリノームの前にいたのは、ダークエルフだった。
全身をすっぽりと黒金糸のローブに包まれているが、目の前のエウリノームとは対称的な好青年に見える魔族である。
鈍銀の長髪に、茶褐色の肌は、ダークエルフ固有のものだ。
しかし、その灰色の瞳は狼のように鋭く、鼻筋も通っていて、人間の女であればたちまち籠絡されそうな魅力を放っていた。
だが、その甘いマスクは今、愉悦に歪んでいる。
「ダメだ」
ダークエルフは、ピシャリとエウリノームの懇願を断った。
その鞭を打つような言葉に、懇願していたエウリノームは一瞬抗弁を忘れる。
ダークエルフから放たれる圧に、押し黙った。
「あなたは私との契約を破った。折角、あなたの契約を私が被ってやったにも関わらずな」
「そ、それは……。あんたが声をかけてきて……。こんなことになるとは、思ってもみなかったんだよ」
「ほう……。ここに来て、居直りか? 知っているだろう? 魔族にとって、契約は絶対の掟。それを破れば、ペナルティーが生じると」
おもむろにダークエルフは腕をまくった。
何か契約書でも出てくるのかと思ったが違う。
褐色の腕に、焼き印を押し込んだような歪な痕があった。
それも1つや2つではない。
無数に痕があった。
ルミルラはその痕に興味を示す。
「ししょ――じゃない、ヴァロウ様。あれは一体……」
指差すが、ヴァロウは答えない。
すると目を細め、1人呟いた。
「あれがダークエルフの免罪体質か……」
魔族は契約をする際、簡単に約束事を破れないようにするため、呪いによる罰を科すように決める。その呪いは様々で、自分や家族などの身体的な欠損、あるいはその命に及ぶこともある。
だが、人でも魔族でも、ふとしたきっかけでその契約を破ってしまうことがある。
そんな呪いから逃れるために活用されるのが、呪いの代行屋といわれる種族――それがダークエルフである。
彼らは魔族の中では身体的に劣る種族だが、免罪体質という生まれながらの能力を持っている。
一切の呪いの効果を受けず、しかも他者の呪いを体内に取り込むこともできるのだ。
呪いの代行屋であるダークエルフに頼めば、どんな呪いも引き受けてくれる。
その代わり、決して彼らも無料でやってくれるわけではない。
そこでダークエルフと契約を結び、仮に依頼者が破棄すれば、取り込んだ呪いを戻すことも可能である。
契約社会である魔族において、この能力はある意味最強と言えるだろう。
一方で、ダークエルフを蔑む魔族は少なくない。
だが、今文民派の中で、もっとも勢いがあり、ヴァロウと並んで昇り龍と呼ばれるダークエルフがいた。
「あなたは私との契約を破った。よって、あなたの呪いは帰します」
にやり、とダークエルフは笑う。
すると、腕の痕の1つがぼうと光る。
ダークエルフの腕から兎のように飛び出すと、エウリノームに貼り付いた。
瞬間、エウリノームの身体に強烈な雷撃が降り注ぐ。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
断末魔の悲鳴が響く。
それはあまりに一瞬のことで、ヴァロウたちですら反応することができなかった。
エウリノームの命が絶たれるのに、さほど時間は要さない。
前のめりに倒れると、ぴくりとも動かなくなってしまった。
ただ体内の奥から口や耳を通して、白い湯気が昇るだけである。
魔族の1人が死んだ。
しかし、そのエウリノームに同情するものはいない。
契約を破棄し、己の欲を制御できなったものが悪い。
そう冷淡に考えるのが、魔族の考え方であった。
ダークエルフの灰色の瞳が、ヴァロウたちの方を向く。
やがて近づいてくると、数歩距離を開けて立ち止まり、恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ヴァロウ様。私の名前はロドロアン。見ての通りのダークエルフでございます。どうぞお見知りおきを」
「挨拶は結構。お前のことは、すでに知っている」
ロドロアンの声には、どこか皮肉のようなものが混じっている。
しかし、ヴァロウの表情は変わらない。
その声も、ヘーゼルの瞳も冷たいままだった。
「この度の戦さの勝利。おめでとうございます。さすがですな」
「…………」
「しかし、教えてほしいものですな。それほどの神算鬼謀を持ちながら、何故今人類圏に攻め入らないのですか? 人類は大きな戦さに敗れ、疲弊しております。攻め込むなら今において他にないでしょう」
そこで同調したのは、ザガスだった。
腕を組み、「うんうん」と2回頷く。
『死にたがり屋』としても、消極的な姿勢を見せるヴァロウの方針に、賛意を示すことができないらしい。
ロドロアンは卑しげな視線をヴァロウに送りつつ、言葉を続ける。
「それとも、副官や仕官の皆様は臆病風に吹かれたのでしょうか?」
「あん!? なんだと! 黙って聞いてりゃ、好き勝手いいやがって」
一転、ザガスは激しい剣幕でロドロアンに向かって凄む。
だが、その間にスッと大きな影が現れた。
「あなたは――」
その意外な影に、やりとりをずっと見ていたルミルラが驚く。
白銀の耳と尻尾が揺れる。
副官が切る黒のコートを纏い、現れたのは1匹の魔狼族だった。
「ベガラスク様……」
意外な登場人物に、メトラもまた息を呑んだ。
明らかにその行動は、文民派であるロドロアンを守っているようにも見える。
「くはははは……。まあ、いいでしょう。副官派の皆様の面白い顔を見られただけでも、良しとしましょう」
ロドロアンは下がっていく。
ベガラスクは1度、その紅蓮の輝きを放つ瞳を暗い廊下で光らせた後、何も言わず去って行った。
「なんだよ。ベガラスクの旦那は、あっちかよ。根っからの武闘派なのによ」
ザガスは「ケッ」と唾を吐く。
一方、副官筆頭のドラゴランは少し複雑な表情を浮かべていた。
「ヴァロウよ。何故、ベガラスクがあやつに付いているか知っているか?」
「残念ながら……。ですが、予想は付きます」
「うむ。おそらく契約上のことであろう。そうでなければ、ベガラスクほどの者が文民派に付くはずがないからな。だが、弱ったの。あやつが文民派にいれば、万が一魔族が割れた時に、本当に取り返しのつかないことになるかもしれない」
ベガラスク率いる第四師団は、今やかなりの兵を失ったとはいえ、その戦力は侮ることができない。
文民派と対決することになれば、必ず第四師団とぶつかることになる。
今の魔族において、1500といえど貴重な戦力だ。
失うわけにも、内乱を起こさせるわけにもいかない。
「ご心配なく、ドラゴラン様」
「ん? 何か良い策があるのだな、ヴァロウよ」
「はい。すでに――」
「お前の手の平の上か。だが、ベガラスクはともかく、ロドロアンは厄介な相手だぞ」
「問題ありません」
ヴァロウはふっと鼻を鳴らす。
ロドロアンとベガラスクが消えた暗い廊下を見ていた。
◆◇◆◇◆
ふん、と鼻を鳴らしたのは、ロドロアンだった。
暗い廊下を、新魔王城ゲーディアの中にある私室へと向かっている。
後ろには、ボディガードようにベガラスクが貼り付いていた。
「あれが、第六師団師団長ヴァロウか。なんだ。まだ子どもじゃないか。なんで、あんな子どもの魔族が、副官などやってるんだろうね。君の方がよっぽど頼りになるよ、ベガラスク」
「…………」
ベガラスクは何も言わない。
ただ口を閉じ、耳を立て、尻尾を下げて歩いている。
その表情に愛想というものはなかった。
「しかし……。4万相手に、何もせずに勝ったって……。嘘を吐くにしても、もっとらしい嘘を吐くべきだ。戦意高揚を期待しているのか。魔族にとって、手品のような神算鬼謀よりも、血と肉の白兵戦の方が受けるはずなのに」
「おそらく嘘ではありません」
突然、ベガラスクは口を開く。
「なんだって?」
「4万の兵に対して、何もせずに勝つ……。ヴァロウならやりかねないでしょうな」
どこか誇らしげに語った。
ロドロアンは「ふーん」と目を細める。
振り返り、ベガラスクを睨んだ。
「意外と君は饒舌なんだね」
「…………」
ベガラスクはそれ以上何も言わなかった。
次回発表ありです!!




