第123話 感染型呪術
赤黒い光が戦場を包む。
人類軍貪狼部隊が持つ武器が、次々と輝きを帯び始めた。
その瞬間、得物を持った兵士は意識を失う。
ふらりと倒れそうになった直後、目を赤く光らせ、アンデッドのように立ち上がった。
そして悪夢は幕を開ける。
次々と味方に襲いかかり始めたのだ。
たちまち血しぶきが舞う。
壮絶な同士討ちが始まったのである。
貪狼部隊の足下が、赤く染まるのにさほど時間はかからなかった。
「てめぇら! オレ様抜きで何をおっぱじめてるんだよ!!」
叫んだのは、ザガスである。
第六師団でいち早く駆けだした大柄な人鬼族は、混乱する戦場に降り立つ。
すかさず片手で軽々と巨大な棍棒を振り回した。
「ぎゃああああ!!」
「ひぃいいいい!!」
「ぶべらあああ!!」
3人の兵士が餌食になる。
鎧を纏っていても関係ない。
ザガスの膂力と、棍棒の重量から生み出される衝撃は、一瞬にして人体の内臓を破壊した。
「これは……。呪いの武器ですか?」
ザガスを追って現れたのは、第六師団の参謀役ルミルラだ。
血臭に顔を顰めながらも、暴走する兵士が持った剣を見つめる。
「報告には聞いていましたが……。まさか、まだ呪いの武器があったなんて。しかも、ほとんどの兵士が持っているじゃないですか?」
ルミルラは目を丸くする。
師匠であるヴァロウが呪いの武器を使って、ルミルラの父バルケーノを苦しめた話は、後々の報告で知っていた。
その戦術的なインパクトも凄まじいものだが、彼女が着目したのは、武器の多さである。
報告では剣だけに呪いを付与したとあったが、今戦場で起こっていることとは異なる。
剣、槍、弓、鎚、魔導士が手に握る杖にすら呪いは付与されていた。
種類もさることながら、問題は数だ。
4万の兵が握る武器すべてに呪いを付与するということは、それだけの数量を揃えなければならないということである。
「いつの間に……」
ルミルラは呆気に取られていた。
その時である。
「ひぃぃいい!!」
別方向から悲鳴が響く。
振り返ると、呪いを受けた人類側の兵士が、まだ呪いを受けていない兵士に襲いかかっていた。
後者はどうやら徴兵された民兵らしい。
装備も満足に与えられず、持っていた武器もただの棍である。
そんな武器で魔族と対抗しようとしていたのは笑いぐさだが、皮肉にもそれは兵士の寿命を一時的に縮めることになったらしい。
呪いを受けた兵士の剣が、民兵の棍を切り裂く。
一方、武器を真っ二つに切られると、今度は民兵は包丁を取り出した。
その時である。
兵士が持っていた剣と、民兵が持っていた包丁が呼応した。
すると、包丁に呪印が浮かび、赤黒く光る。
「感染型呪術ですか!?」
目撃したルミルラが叫ぶ。
それはある条件が満たされると、呪いを無作為に感染させる呪術である。
その驚異的な呪術に圧倒されたのは一瞬だった。
ルミルラは走る。
呪いによって半分意識を失いつつあった民兵から、包丁を取り上げた。
すると、民兵は意識を取り戻す。
赤くなりかけた瞳は、元の人間らしい虹彩へと戻っていった。
「あ、あれ? 私は?」
「あなた、徴兵された民兵ですね」
「え? は、はい。あんたは――――」
「今は自己紹介している時間はありません。もし、他にも仲間がいるなら、この戦場から速やかに脱出しなさい」
「脱出って――」
「速く!!」
「は、はひぃい!!」
ルミルラの剣幕に圧倒され、民兵は飛び上がった。
言われた通り、混乱する戦場を離脱する。
それを見て、意識のある民兵は次々と背を向けて逃げ始めた。
残っているのは、呪いを帯びた王国の正規兵たちだけだ。
ルミルラは落としていった包丁を、恐る恐る拾い上げる。
深く握ってみたが、ルミルラに呪いが及ぶことはなかった。
感染型呪術はとても強力だが、弱点がある。
その歯止めを付けることができないことだ。
1度、発症すれば、無限に増殖していく。
世界にあるすべての武器が感染するまで止まることはない。
逆にいえば、魔族にも感染してしまうリスクは付きまとう。
だが、ルミルラが持っても平気なのは、おそらくヴァロウがあらかじめ手を打っていたからだろう。
「そう言えば、つい先日新型の毒の予防だといって、薬を飲まされましたっけ」
ルミルラはカリカリと頭を掻いた。
おそらくヴァロウはこういう戦さが起こることをあらかじめ予見していたのだ。
「いや、師匠なら呪いの武器を開発――ううん、もっと前からこの戦術を考えていたかもしれない。多分、魔族になる前から」
かなわないなあ、とルミルラは息を吐く。
人類最強の軍師ヴァロウが死んでから15年。
その間、ルミルラは鍛錬を怠ってきたわけではない。
しかし、いまだその知謀において勝る気がしなかった。
◆◇◆◇◆
「何が起こっている!?」
戦場のど真ん中で蹲っていたのは、ベスティバだった。
すでに彼が乗り込んだ輿は傾き、その中でベスティバは息を潜めている。
助けを求めようにも、すでに護衛は殺されていた。
自軍の兵士によってである。
周囲は敵陣のど真ん中にでもいるかのように殺気立っていて、時折魔族の吠声と思える声が響き渡った。
ベスティバがやれることといえば、栗鼠のように蹲るか、御簾を開いて、戦場の様子を見ることしかない。
そこで1つわかったことは、自軍の兵の武器が呪われているということだろう。
その力によって、味方が盛大な同士討ちを始めたのだ。
「おのれぇ、魔族めぇ!!」
ベスティバが輿の中で怒りを燃やす中、巨躯の人鬼族が近づいてきた。
すぐに口を塞ぎ、ベスティバは息を止める。
その巨躯が通り過ぎるのを待った。
人鬼族は持っていた棍棒の先を下げる。
何をするのか、と目だけを動かした。
すると、人鬼族はゆっくりとバックスイングする体勢を取る。
その顔は妙ににやついていた。
「やめっ!!」
瞬間、ベスティバが乗った輿が吹き飛ぶ。
その衝撃破で、ベスティバもまた地面を転がった。
たちまち砂にまみれ、口に入った土を慌てて吐き出す。
そこに先ほど、人鬼族が立ちはだかった。
「いたぁ……」
剣のような牙を剥き出し、笑う。
一方、ベスティバはただ悪魔の笑みを享受するしかない。
「お前が指揮官か?」
「ち…………」
ベスティバは黙った。
一瞬、嘘を吐こうと思ったが、それはベスティバの矜恃が許さなかった。
だが、もし本当のことを話せば、たちまち目の前の人鬼族に殺されるだろう。
それが、目の前の人鬼族が纏う異常なまでの殺意で理解する。
「どうなんだ? 答えろよ」
人鬼族はベスティバの頭を撫でる。
本人は努めて優しくしているのだろうが、ベスティバはその首がそのまま胴体に埋まりそうなほどの力で押さえ付けられていた。
恐怖に震えるベスティバを見て、人鬼族は実に楽しそうだ。
だが、ふとベスティバは逆転の一手を思い出す。
鍋の中の卵白のように震えていたベスティバの瞳が、途端に鋭くなった。
あの陰険な眼光が輝きを取り戻し、目の前の魔族を睨む。
「調子に乗っていられるのも今のうちだぞ、魔族」
「ほう……」
「お前たちの後背に伏兵を敷いた。今頃、お前たちの指揮官は――――」
「俺がなんだと?」
剣戟の音がいまだ響く中、何故かその軍靴はベスティバの耳朶をはっきりと震わせた。
振り返ると、また人鬼族が立っていた。
巨躯の人鬼族よりも数段背丈が低い。
しかし、その冷ややかなヘーゼル色の瞳から放たれる眼光は、側の巨躯の人鬼族以上の迫力があった。
「ヴァロウ、今頃戦場にやってきたのかよ」
「来るつもりはなかった。この戦さは最初から勝敗が決まっていたからな。俺がここに来たのは、少し気になることがあったからだ」
「そうか……。貴様がヴァロウか」
薄暗い声を上げたのは、ベスティバである。
陰険に歪んだ瞳を、ヴァロウに向けた。
その表情を見て、「へっ」と肩を震わせたのは、巨躯の人鬼族だ。
「もう名前を知られているみたいだぜ、お前」
「ふん。名声などどうでもいい。それが悪名であれば、なおのことだ」
「くそぉ! 私がお前を討つことができれば、20代初の大将とて夢ではなかったのだ!」
「残念だったな」
「教えろ! 何故、お前は生きている! 後背に回り込んだ部隊はどうなった?」
「後背? ああ。お前が敷設した伏兵のことか」
すると、ヴァロウはパチンと指を弾く。
途端、人類軍が背にしていた森が蠢いた。
茂みや梢、あるいは幹そのものが激しく揺れる。
森の枝を折り、梢を鳴らしながら現れたのは、巨大な木の魔獣だった。
「じ、人面樹か!!」
ベスティバは驚嘆する。
「伏兵ならすでに森に配置しておいた。お前の伏兵は、今頃人面樹の養分になっている頃合いだろう」
「そんな……」
「魔族ばかりに気を取られ、肝心の魔獣の警戒を怠った指揮官が悪い。それと――」
ヘーゼル色の瞳が、再び閃く。
「人面樹から聞いたが、貴様――森の中で民兵にご高説を説いていたそうだな。『巧遅は拙速に如かず』とか……」
「あ、ああ……。それがどうしたのだ?」
「どこで聞きかじった言葉か知らないが、その解釈は的外れだ」
「なに?」
「この言葉は『兵は拙速を尊ぶ』という意味で使われるものではない。何でも速い方がいいということは決してない。本来『巧遅は拙速に如かず』という言葉は、限られた状況下においては、完璧を目指すことよりも簡単に実利を上げるを取る方が良い、という教えだ」
「う、嘘を吐くな!」
「嘘ではない。次の頁に書かれていただろう。『その言葉は兵法に照らし合わせるなら、攻めにくい城を直接攻めるよりも、封鎖しやすい街道や小さな街を占拠して城の兵糧を断つ方が良い』とな」
「な――! 何故だ!? 何故、魔族風情が……。ヴァロウ? ……まさか貴様?」
すると、ヴァロウは外套を翻す。
再び自軍がいる方向へと歩いていった。
「貴様! 本当にヴァロウなのか?」
「知らんな。ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルは死んだ。ここにいるのは、単なるヴァロウだ。魔王の副官、そして第六師団師団長のヴァロウだ」
ヴァロウはくいっと顎を動かす。
それに反応したのは、巨躯の人鬼族だった。
「やれ、ザガス」
「は~あ……。つまんねぇなあ。久しぶりの戦さだったのによ。この程度の雑魚かよ」
ザガスは棍棒を振り上げる。
巨大な影がベスティバを覆った。
人類軍の指揮官は、股から小水を垂れ流しながら許しを請う。
「頼む! 命だけは……。ぎゃあああああああああああ!!」
「死ね……」
ダンッ!!
一瞬だった。
ベスティバは圧殺されていた。
悲鳴すら押しつぶされ、残ったのは人間の肉塊だけだ。
ヴァロウは周囲を見渡す。
気がつけば、戦場は静かになっていた。
壮絶な同士討ちの末、4万の貪狼部隊は兵の9割と指揮官を失い、潰走した。
残ったのは、各領地から集めた民兵だけだったという。
ご飯書いたり、イチャイチャを書いたり、そういうのも好きだけど、
やっぱ戦場でイヤな人間をミジンコみたいに潰す様を書くのは、めちゃ好きw




