第121話 旧同盟領牙通作戦
第13章『停戦交渉篇』スタートです。
今までとは違ったテーブルの戦いを見せることができたらいいなあと思っているので、
よろしくお願いします。
ベスティバ・ブル・ポジョルカは、24歳にして4万もの大軍の総司令官である。
自ら名付けた『旧同盟領牙通作戦』で指揮を執る彼は、仕官学校においてヴァロウ・ゴズ・ヒューネルに次ぐ最高成績で卒業し、仕官となった後は、そのヴァロウを抜く勢いで若くして准将の地位を得るに至った。
24歳で准将は異例ではあるが、このところ人類軍は負け戦が続いている。
主立った将校が亡くなり、昇り龍のベスティバにお鉢が回ってきたのだ。
しかし、ベスティバの実力は本物である。
仕官学校の総合成績ではヴァロウに負けたが、模擬戦においては90戦無敗。
『軍旗(盤面状で行われるシミュレーション)』において、400戦無敗の記録を持つ。
仕官となり、実戦においても非凡な才能を見せ、彼が指揮した部隊の生還率は8割5分を超えるのだ。
おおっぴらに騒ぐことはなかったが、やはりベスティバを指して、「ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルの再来」と囁くものも少なくなった。
今やヴァロウの名前は人類軍の中では禁句となったが、ベスティバはその最強の軍師と謳われた男の大ファンであった。
むろん、メトラ姫を殺した凶行に、幼少の頃ひどく落胆したものだが、彼が残した著述、見事な差配は色あせることはなかった。
常にヴァロウが書いた指南書を傍らに持ちながら、新魔王城が建築されつつある旧メッツァー城塞都市へと向かっていた。
輿に乗りながら、改めてヴァロウの著書に視線を送る。
その紫紺の瞳はとても陰険な雰囲気があり、細く長い亜麻色の髪を時折鬱陶しげに掻き上げていた。
色白で、どちらかと言えば背は低く、軍服の中にも鋼のような肢体が詰まっているとは思えない。
軍人というよりは、官僚的な姿をしていた。
旧同盟領に向かうため、深い森が続く大森林地帯を横断していた『旧同盟領牙通作戦部隊』――通称『貪狼部隊』は、突然その行軍を止めた。
書物に目を落としていたベスティバは、顔を上げる。
「どうした?」
近くの部下に尋ねる。
部下は少々顔を青ざめながら、ベスティバが乗る輿をのぞき込んだ。
「それが……。どうやら、また――でして」
「チッ! またか!!」
ベスティバは吐き捨てる。
相当お冠らしい。
顔を赤くすると、輿の御簾をひっくり返す。
自らの足で隊の先頭へと歩いて行くと、1人の兵士が蹲っていた。
「何をしている!?」
開口一番、ベスティバは激昂した。
鼻息を荒くし、肩を怒らせながら近づいてくる。
後を追う部下が諫めるのだが、まるで聞いていない様子だった。
ベスティバはその蹲った兵士の胸ぐらを掴んだ。
「立て! そして歩け! なるべく速く!」
「か、勘弁してくだせぇ、総司令官様。私は単なる農民で、こんなに長いこと歩いたことは……」
兵士は涙ながらに訴える。
顔を覆った手は、如何にも土にまみれたという風に土気色をしている。
手には農民らしいタコの跡もあった。
ベスティバが率いている4万の兵は、各所領から募集した農兵がほとんどである。
加えて、行軍は強行的で休みがほとんどない。
今日だけでも5回以上、こうした脱落者が出ていた。
すると、ベスティバは兵士から手を離す。
許してくれたのかといえば、そうではない。
依然として、その顔は憤怒のままであったし、さらにその手はそろそろと腰に帯びた細剣へと伸びていた。
陰湿な紫紺の瞳が怪しく光る。
兵士は思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「こんな言葉を知っているか?」
「お願いです。許してください」
ベスティバから放たれる殺気。
そして柄に手をかかるのを見て、兵士は手を合わせ、命乞いを始めた。
一方、ベスティバは嘆願を無視し、言葉を続ける。
「“巧遅は拙速に如かず”……。これはある軍師が、その著書に残した戦いにおける格言の1つだ。戦いにおいて速度はもっとも重要だと説いている。そして、お前は私の軍の行軍を止めてしまった。これは由々しき事態だ。兵が止まることは、それだけ勝利から遠ざかっているということだからな。それはもはや国家への反逆行為である」
「そんな! 私はそんなつもりはありません。い、今立ちます。歩き、歩きますから!!」
兵はゆっくりと腰を上げる。
足が痙攣しているのだろう。
膝が笑い、思うように立つことができない。
その間にも、ベスティバの細剣はゆっくりと鞘から引き抜かれようとしていた。
細い刃がまるで猛獣の牙のように光る。
「死ね!」
と、その時だった。
「伝令!! 伝令!!」
浮遊魔法を使い、森の先の様子を見てくるように指示をした斥候が戻ってくる。
ベスティバの姿を見つけると、その場に膝を折った。
「どうした?」
「敵軍が森を抜けた先に布陣しております」
「ほう……。野戦を望むか。相手の数は?」
「数はおよそ5000」
「な! こっちは4万なのだぞ!!」
ベスティバは初めて表情に驚愕を滲ませる。
「間違いありません」
「伏兵がいるかもしれん。お前たち魔導斥候部隊は引き続き、索敵を続けろ」
「はっ!」
魔導士は浮遊魔法を使って、梢を抜けると、西の方角へと飛んでいった。
ベスティバは剣を鞘に収める。
冷たい眼差しで、かろうじて立ち上がった兵士を見つめた。
「何をしている? 立ったのなら、とっとと歩け!」
兵士の背中を蹴り上げる。
つんのめりそうになるのを、他の兵士にかろうじて支えられた。
ベスティバは声を張り上げる。
「どうした? いつまで止まっている? 敵を見つけた。急げ! 速度こそ必勝のいくさにおいて、必要なものだと知れ!!」
その言葉を聞き、『貪狼部隊』は動き出した。
司令官に発破をかけられた軍は、早歩きで戦地へと向かう。
その様子をベスティバは、爪を噛みながら見つめていた。
「4万の兵に5000だと……。全く、魔族は本当にやる気があるのか?」
と吐き捨てるのだった。
◆◇◆◇◆
大森林地帯を抜けた向こうに、魔族軍は横列に隊形を作り、人類軍を待ち構えていた。
斥候の報告通り、その数は5000。
第六師団に属する旧ヴァルファル軍が5000のみであった
旧同盟領を占拠し、上級貴族ダレマイルとの激戦を制してから、まだ3ヶ月も経っていない。
まだまだ第六師団は戦力が足りていなかった。
いや、第六師団だけではない。
それは魔族全体の問題である。
新魔王城があるメッツァーの守護を第一師団。
各城塞都市の守護を、機動力のある第五師団に任せれば、あとはほとんど戦力といえるものは残っていない。
広い旧同盟領を防衛するだけで精一杯な状況だった。
おかげで40000の兵に対して、5000の第六師団が相手をしなければならず、1500を切り、疲弊した第四師団をこれ以上働かされないと判断したのか、ベガラスクの姿もなかった。
だが、今回人類の旧同盟領牙通作戦を阻止するための総司令官に任じられたヴァロウに焦りはない。
後方で肘掛け椅子に座り、大好きな紅茶をメトラとともに楽しんでいた。
その側には珍しく、商人ペイペロの姿もある。
「なんとも緊張感がありませんね」
ペイペロは肩を竦める。
すると、前方から『敵を視認』との報告がもたらされた。
一気に場が緊張していくのがわかる。
その雰囲気を悟ったペイペロは、戦場独特の空気を、ややまずそうに吸い込んだ。
そしてヴァロウもまた動き出す。
ずっと座っていた椅子から腰を上げた。
その世界のすべてを掴む予定の手を掲げる。
「全軍に通達」
各々、そこから1歩も動くな……。
旧同盟領での激戦後の初めていくさ。
その緒戦にて、ヴァロウはそう言い放つのであった。
近く新刊の告知があると思います。
その時に発表がありますが、タイトルの変更がございます。
だいぶ印象が変わると思いますが、ご理解の程よろしくお願いします。




