プロローグ
第4部開幕です。
廊下の角から聞こえてくる硬質な金属音に、侍女は背筋を伸ばした。
鎧が鳴る音で騎士か兵士であることは、経験則でわかる。
すぐに廊下の端に寄ると、ちょうど角から鎧姿の騎士が現れた。
緊張した面持ちの侍女の顔が、たちまち弛緩する。
現れたのは、武骨な騎士ではない。
甘いマスクを纏ったエルフの騎士だった。
やや癖毛気味の金髪に、うっとりとするほど白い肌。
鼻筋は通り、10代の少年のような童顔である。
しかし、大きく純粋な青い眼は厳しさを纏い、口を真一文字に結んで、全体的に表情は硬かった。
それでもエルフの騎士の魅力が損なうことはない。
その厳格に映る面持ちすら、美麗に思えた。
思わず見惚れた侍女は、持っていた洗濯籠を取り落としそうになる。
「あっ!」
と思った時には、籠はエルフの騎士の手にあった。
女の力では両手で持ち上げるのが精一杯の重さだというのに、エルフの騎士は片手でひょいと持ち上げる。
「どうぞ」
侍女に差し出す。
一瞬見せた子どものような顔に、侍女は思わず顔を赤らめた。
だが、すぐにハッとなり……。
「す、すみません」
慌てて籠を受け取る。
「気を付けて下さいね」
洗濯籠を渡すと、エルフの騎士は前を向いた。
リントリッド王国の紋章があしらわれた外套が、同時に翻る。
颯爽と廊下を歩いていった。
「はあ……。ロイス様」
侍女はため息を漏らすのだった。
◆◇◆◇◆
リントリッド王国が誇る『最強』は、かつて3つあった。
1つはヴァロウ・ゴズ・ヒューネル。
言わずと知れた人類最強の軍師である。
そして、その残りはいずれもヴァロウの右腕、左腕であった。
1人は現在、前線軍総司令官を務めるアルデラ・フィオ・ディマンテ。
ヴァロウの左腕といわれた男は、唯一ヴァロウに意見できる男であり、さらに10000人の兵数に対して、たった100人という寡兵でありながら、防衛戦を維持し続けた記録を持つ。
それ故に、アルデラは王国最強の『盾』といわれており、防衛戦のスペシャリストなのである。
一方、もう1人の男はアルデラと対称的だ。
ヴァロウの右腕と呼ばれた男の名は、ロイス・ブル・マスタッドという。
勇者としての素質がないながら、鍛錬のみで鍛えた身体は鋼となり、剣の腕も能力を使った勇者に引けを取らない。
前線に赴けば、たちまち万の兵を平らげる――まさしく王国最強の『剣』にふさわしい能力の持ち主であった。
アルデラもロイスも、ヴァロウが指揮する部隊の二翼を担ったが、ヴァロウが謀殺された後は、それぞれ顔を合わすことはなく、己の信念に従い、行動し続けている。
アルデラは前線軍へ。
そしてロイスは、王宮にて近衛兵長を勤めていた。
3人の中で、とりわけ王国に対する忠誠心が極めて高い彼は、王の御前を離れることなく、忠誠を誓い続けている。
廊下の空気を切り裂き、移動していたロイスの動きが止まる。
部下の衛兵が2人並び、厚い鉄の扉の前で向かい合った。
「王は?」
部下に尋ねる。
「まだ今日は」
「そうか」
部下が首を振るのを見て、ロイスはノックした。
1度目のノックに反応はない。
それでも、ロイスは諦めることなく、2度目のノックを鳴らした。
「誰か?」
くぐもった声が扉の奥から聞こえてくる。
「ロイスです」
「ロイスか。……入れ」
「失礼します」
ロイスは慎重に扉を開ける。
中に入ると、古い本と油絵の具の匂いが同時に鼻を衝いた。
事実たくさんの蔵書と、描きかけ油絵の具が置かれている。
しかし、部屋の主は端が黄ばんだページをめくるわけでもなく、顔に絵の具を付けて、絵に没頭しているわけでもなかった。
ただ分厚い外套を纏い、樹木の枝葉をモチーフにした金冠を頂いて、格子が入った窓の外を眺めている。
くすんだ鉛色の髪に、朽ちた枝を思わせるような艶のない長い顎髭。
黄緑色の瞳の下の肉はすっかり垂れ下がり、唇は乾いてかさかさだった。
覇気がない。いや、生きているかどうかすら危うい。
風が吹けば、そのまま飛んでいきそうな風情すらある。
しかし、この男が今のリントリッド王国第63代国王。
ライアルト・リーン・リントリッドである。
「(これが、かつて『騎士王』と呼ばれた方の成れの果てか)」
ロイスはライアルト王の枯れ木のような腕を痛ましそうに見つめた。
まだヴァロウやロイス、アルデラが活躍する前。
前線にて、人類軍を引っ張っていたのは、何を隠そうライアルト王であった。
王でありながら、総司令官となり、さらに前線に出て、兵を鼓舞し、誰よりも戦果を上げてきたのが、ライアルト王である。
ヴァロウたちが台頭後は、前線に出ることはなくなったが、それでも戦さを好む性分だけは忘れられず、後衛にてその戦局を見守った。
戦争好きの王ではあったが、政治にも積極的に介入し、戦費に悩む人類軍の中で奔走した。
だが、愛娘メトラの死によって、すべてがひっくり返った。
戦さにも、政治にも関心をなくしたのだ。
さらに可愛がっていたヴァロウの裏切りは、心に深い傷を入れ、人間不信になり、今やロイス以外と口を開かない有様だった。
「恐れながらライアルト陛下、お伺いした儀がございます」
威勢のよいロイスの言葉が響く。
ライアルト王は振り返り、ゆっくりと口を開いた。
「申してみよ」
「先ほど、40000の兵が魔族に占領された旧大要塞同盟領へと進発しました。先の旧大要塞同盟領で大敗を喫し、日も浅い中またもや40000の兵を送り込むのは、兵を疲弊させ、民にさらに重い税を課する愚策と考えます。その案を承認なさったのは、陛下と伺いました。その真偽を確かめたく、参った所存です」
朗々とその声は、ライアルト王の私室に響く。
慇懃でありながら、言葉の端々に毒を窺わせるロイスの台詞に、ライアルト王は口端を広げて、小さく笑った。
「ふふ……。余が認めた作戦を愚策というか」
「…………」
指摘されても、ロイスは撤回しない。
ただ黙って、ライアルト王の答えを待ち続けた。
「あの若い将校がな。名前を……なんと言ったか。まあ、忘れてしまったが、余に直談判をしてきたのだ。まるで猪のように己の作戦の優位性を説明するのでな」
「押しきられた、と――」
「そんなところだ。……だが、今の時期に派兵するのは悪い策とは思わん。相手は我ら以上に疲弊している。叩くなら今しかない」
「しかし――――」
「それにだ。……最近、人類軍はいいところがない」
「そ、それは…………」
「近頃では、反戦論者が王都内でも気を吐いているそうではないか。だが、今回の戦さに勝てば、国民の考えも変わろう」
「それは……そうかもしれませんが」
再びライアルト王は窓外に顔を向ける。
北に分厚い鉛色の雲が見えた。おそらく雪雲だ。
ここリントリッド王国にも、冬の季節がやってこようとしていた。
その雲を見ながら、この時初めてライアルト王の顔が険しくなる。
「いくさは勝たなければ意味がない。……和平など以ての外だ」
憎々しげに呟く。
ライアルト王が雲の向こうに何かを見ていた。
それは敵対する魔族なのか。
それとも愛娘か、あるいは殺した憎き仇敵の姿なのか。
ロイスほど優秀な男でも、ライアルト王の心情を察することはできなかった。
「お主が前線に立てば、勝ちは目に見えているのだがな。王国最強の剣よ」
「過分な評価ありがとうございます。しかし、私は陛下の側でお仕えしたいと思っております」
「ふふ……」
「どうしました?」
ロイスが顔を上げると、ライアルト王が目の前に立っていた。
そっと手を伸ばし、ロイスの顔を撫でた。
「お主が羨ましいの。いつまでも若いままで」
「私はエルフです。それも純血ですから……」
「いや、その魂もまだ若い」
「陛下もまだまだ」
「下手な世辞は良い。ロイスよ、誓ってくれ」
「はっ!」
「お前だけは、余を裏切らないでくれ」
しわがれた声で、ライアルト王は懇願した。
情けない響きに、ロイスは一瞬泣きそうになる。
それでも、その忠節が曲がることはなかった。
胸を叩き、深く頭を垂れる。
「はっ! このロイス・ブル・マスタッド。身命を賭して、陛下をお守り申し上げます」
最強の剣は、改め誓うのだった。
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