エピローグ Ⅱ(前編)
いよいよ第三章のエピローグです。
ヴァロウたちは今北上していた。
メトラが手綱を握る馬車に、ヴァロウとザガスが乗り、ドラゴラン率いる第一師団がその脇を固めている。
魔王ゼラムスは隊の中央だ。
すっかり歩きに慣れたらしく、初めて見る土地の風景に目を細めていた。
ルロイゼン城塞都市の復興はエスカリナとペイベロに任せてきた。
英気こそ養ったが、やはり領民達の動揺は隠せない。
精神的な支柱であるヴァロウが、今城塞都市から離れることを嫌がる領民はいたが、最後にはエスカリナもペイベロも笑って送り出してくれた。
ルロイゼンには第五師団を置いてきた。
ファーファリアは曲者だが、魔王に対しては強い忠義心を持っている。
魔王ゼラムスから直接、ルロイゼン城塞都市の復興を手伝うように指示されると、文句も言わずに取りかかった。
ルロイゼン城塞都市のことは、エスカリナたちに任せ、ヴァロウが向かった先は、第四師団のベガラスクや、ヴァロウの元弟子のルミルラが立てこもるシュインツ――ではない。
向かったのは、巨竜が暴れたことによって廃都となったメッツァーであった。
そこに待ち構えていたのは、第四師団師団長ベガラスクとルミルラ、さらにドワーフ族の娘アルパヤだ。
まだ戦闘の爪跡が残る城門前で、魔王を歓待した。
ゼラムスは自ら進み出て、今回の戦果を上げた立役者を労う。
「ベガラスク、此度はよく働いてくれました。倍数以上の兵をシュインツ城塞都市に足止めし、奮戦したと聞きましたよ」
「恐縮です、魔王様」
「……どうしました、ベガラスク。少し元気がないようですが」
ゼラムスは小首を傾げる。
確かにベガラスクは様子がおかしかった。
勝利したはずなのに、何か気落ちしているようにも見える。
ベガラスクの戦場は、今回の戦さの主戦場とは言いがたい。
元はといえば、シュインツ城塞都市が今回の戦さの中心となるはずだった。
だが、上級貴族ダレマイルが主戦場を移動したことによって、元から劣勢だったルロイゼン城塞都市がさらなる危機に陥った。
そこからの大逆転は見事というしかない。
派手な活躍をしたのは、その大逆転を演出してみせたヴァロウである。
それが気にくわないのだろうと、ゼラムスは推測したが、ベガラスクの口からもたらされた言葉は、意外なものだった。
「魔王様、申し訳ありません」
いきなり頭を垂れたのだ。
特に謝られるようなことはしていない。
そういう報告も上がっていなかった。
では、何故ベガラスクは謝罪をしたのか。
ベガラスクはこう続けた。
「魔王様にいただいた兵を、さらに減らしてしまいました。これはオレの失策です。如何様に罰は受けます故、残った兵には寛大なご処置を賜りたい」
この言葉に、ゼラムスはおろか横で聞いていたドラゴランも口を開けて固まっていた。
それもそのはずである。
以前のベガラスクなら、兵が死んだことを名誉の戦死として胸を張っただろう。
シュインツを守り抜き、本国軍を釘付けにしたことも、己の功績として流暢に語ったかもしれない。
しかし、今ベガラスクは本気で自分の部下の死を思い、その責任は自分にあると明確に語った。
旧魔王城ドライゼルを出て行く前と、180度性格が変わっている。
実は、ベガラスクの着ぐるみを着た別の人物が入っているのではないかと思ったが、漂ってくる匂いは紛れもなくベガラスクのものだった。
時間をかけ、すべてを飲み込んだゼラムスは、ようやく笑みを浮かべることに成功する。
「成長しましたね、ベガラスク」
「はっ! ……は?」
ベガラスクはゼラムスの前だというのに、つい顔を上げてしまった。
ちょっと間の抜けた顔を見て、ゼラムスはクスリと微笑む。
どうやらまだベガラスクも己の変化に気付いていないようだ。
改まり、ゼラムスは口を開いた。
「激戦の報告は聞いております。同盟領での決戦、本国軍との死闘。そして籠城戦。その激闘においても、あなたは1200名の兵を生かしたのです。謝る必要はありません。あなたは立派な指揮官だと思います。むしろ責めを追うのは、わたくしの方でしょう。あなたに2000の兵しか与えることはできなかったのですから」
「滅相もありません。すべてはオレが悪いのです」
「ならば、お互い悪い者同士。責任を問うのは止めましょう。改めて言いますよ、ベガラスク。よくやってくれました。後ほど、褒賞を差し上げます。何にするか、考えておきなさい」
「ほ、褒賞!!」
先ほどまで殊勝な態度を見せていたベガラスクの瞳が、まるで子どものように輝く。
さすがに『褒賞』という言葉は聞いたらしい。
立ち上がって、「うおおおおおお!」と遠吠えを上げた。
彼からすれば、叱責を受けると思っていたのだから、喜びは一入だろう。
次にゼラムスはルミルラの前に立つ。
さすがのルミルラも、魔王を前にして緊張しているらしい。
そのプレッシャーも初めてのはずだ。
頭を下げた状態で微動だにしない。
唯一、その額には脂汗が浮かんでいた。
それにルミルラは魔族になったばかりである。
魔族の中には、100年以上生きていても、魔王と謁見したことがない魔族がざらにいるというのに、新人魔族が拝謁するなど、前代未聞の出来事だった。
頭のいい彼女も、その偉大さを理解している。
それ故に、緊張していたのだ。
「ヴァロウから聞いております。彼に劣らない知謀知略を用い、シュインツを死守し、本国軍を足止めしてくれたことを感謝します、ルミルラ」
「も、もったいないお言葉です、魔王様。これからも魔族の発展のために…………えっと……しょ、精進して…………ああ、なんか違うなあ」
やはり緊張しているらしい。
ヴァロウたちの前では、天真爛漫すぎるルミルラだが、魔王を前にして珍しくスピーチが飛び、言葉に迷っていた。
「ルミルラは、元は人間だそうですね」
――――ッ!
ピンと空気が凍る。
アタフタしていたルミルラも、一瞬肩を震わせた。
掻いていた脂汗が、冷や汗に変わる。
つぅっと1滴の汗が、背筋を伝っていくのがわかった。
「……はい」
ルミルラは素直に返事した。
「人間と戦うことに迷いはないですか?」
そう問われた時、ルミルラは初めて顔を上げた。
澄んだ眼の先には、圧倒的な存在感を放つゼラムスの姿がある。
その金色の瞳を決して離さず、ルミルラは言い切った。
「ございません」
「かつての同胞を討つのですよ」
「この身体になった時から、私は肉親である父すら討つ覚悟でした。それに魔王様。魔族はどうかは知りませんが、人間の歴史において、その同族を殺さないという日はありません。今こうしている間にも、無辜の民が飢えや暴力によって殺されております。それを考えれば、むしろ魔族であったことを感謝することもあるでしょう」
ルミルラは魔族になるまで、どちらかと言えば、民を虐げる側の人間であった。
むろん彼女自身がそうしたわけではない。
だが、そういう事実がありながら、黙認していたことは確かだ。
その人間という枷は、もう自分にはない。
民の脅威となって、民を解放する権利を得たことに、ルミルラは喜びすら感じていた。
「わかりました。ルミルラ、あなたに改めてルミルラという名前を与えましょう」
ウルリカと同じだ。
魔王から名前を与えられたことによって、ルミルラもまた眷属として認められ、その力を解放する。
見た目こそ変わらないが、少し力が増したような気がした。
「さらに、あなたにヴァロウ付きの補佐に任じます。メトラやザガスとともに、ヴァロウを支えて下さい」
「え? ちょ! いいのですか? 私はその魔族になったペーペーで。それをいきなり補佐なんて」
破格の出世に、ルミルラは狼狽える。
先ほどの真剣な表情から一転し、その生娘のような態度を見て、ゼラムスはクスリと笑った。
「フフフ……。これは今やあなたの上司であるヴァロウが望んだことなのですよ」
「ししょ――ヴァロウ様が!」
「それに、シュインツ城塞都市を死守した功績は大きい。少しは色が付いたかもしれませんが、十分出世に見合う活躍をしていると思いますよ」
「あ、ありがとうございます」
ルミルラはゼラムスに言うと、側にいたヴァロウの方を見た。
先に口を開いたのは、ヴァロウだ。
「今回のように部隊を2つに分け、行動することもある。その時に、お前の小賢しい知謀は必要になってくるだろう。メトラは俺の仕事を手伝う秘書を、ザガスは戦場の流れを変える武将、そしてお前は参謀だ。今以上にこき使ってやるから、覚悟しろよ、ルミルラ」
「今後もヴァロウ様の下で働いていいということですか?」
「そもそも第六師団の数は少ない。お前のようなヤツでもいないよりはマシだ」
「まあ、ヴァロウ。もう少し部下に優しくしてはどうですか?」
ゼラムスはヴァロウのあまりの言いぐさをたしなめる。
だが、ルミルラの瞳から涙が溢れていた。
「いえ! 私は嬉しいです。やっとヴァロウ様と戦場を駆け抜ける事ができるのですから」
ルミルラは頭を下げた。
正直彼女は殺されると思っていた。
そうでなくても、良くて投獄だと。
だが、魔族の対応は全くの逆だ。
生かされたどころか、その能力を認められ、大好きな師匠の下で働けるのである。
当然、ルミルラは奮い立つ。
一層頭を下げ、魔族に貢献することを誓うのだった。
「さて、ヴァロウ」
ゼラムスはヴァロウに振り返る。
その柔らかな唇を動かした。
「シュインツ城塞都市ではなく、この旧同盟領主都市メッツァー城塞都市に、我々を集めたのは、何か意図があるのではないですか?」
「恐れながら、魔王様。お見せしたいものがあります」
顔を上げた瞬間、ヘーゼル色の瞳をヴァロウは光らせた。
後編もなるべく早めに更新しますね。
コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』の最新話が更新されました。
今回も面白いので、是非応援してくださいね。




