第120話 敗軍の勇者たち
いよいよお別れです。
3日後……。
ロッキンドはカッと目を開いた。
世界が横たわっているのが視界に映って、一瞬酔っているのかと思ったが、そうではない。単純に自分が横臥していただけであった。
「いちちちち……」
首を触りながら、冷たい地面の感触から脱出する。
ベッドもなければ、枕もない。
そんな状態で眠りについたのは、もうずっと昔のことだ。
遠くを見ると、東の山が白々と明けてきていた。
空を見ると、淡い青色の空が広がっている。
昨日まで戦場であったことが嘘のようだ。
「起きたか、ロッキンド」
冷たい声が響く。
やや肌寒い朝にはぴったりだった。
振り返ると、レインが身支度を整えている。
背後では第5部隊の兵士が、静かに進発の準備を開始していた。
さらにぐるりと周りを見渡すと、ルロイゼン城塞都市の民たちが配給された毛布にくるまれ、小さな寝息を立てている。
魔族も同様だ。
側に敵軍がいるというのに、大の字で竜人族が眠っていた。
この3日間、大暴れしていたザガスという人鬼族も、時折腹を撫で、何か寝言を呟いている。
それを聞いて、ロッキンドはプッと笑った。
「魔族も寝言をいうんだな」
「ロッキンド。お前も用意しろ」
レインからせっつかれ、ロッキンドはようやく立ち上がった。
民や魔族を刺激しないように、ゆっくりと第5部隊は動き出す。
馬車には死んだ兵の遺品が積まれていた。
遺体は荼毘に付した。
さすがに数が多く、またそのすべてを見つけることができなかったからだ。
それに遺体を持ち帰った頃には、死体の腐敗が進んでいる。
哀れな姿を遺族に見せるわけにもいかず、この地で焼くことを決めた。
埋葬に関しては、ルロイゼンの民も手伝ってくれた。
彼らの中にも死傷者が出ている。
お互い悲しみを持ち合う同士、助け合うのは必定――そう説いたのは、ルロイゼン城塞都市領主代行のエスカリナだった。
そして、今朝いよいよ第5部隊が進発することになった。
難攻不落と謳われたルロイゼン城塞都市の北門を堂々と通った先に立っていたのは、エスカリナと、そして第六師団師団長にして魔王の副官ヴァロウであった。
「見送りはいいって言ったのによ」
「全隊、止まれ」
ロッキンドとレインは合図を送り、部隊を停止させた。
エスカリナは少々悲しげに、ロッキンドとレインが跨がる馬に近づいてくる。
「やっぱり行っちゃうの。わたしは、あなたたちと仲間になれたと思ったのに」
やはりシュンと項垂れる。
その綺麗な金髪に手を置いたのは、ロッキンドであった。
「そんな顔すんなよ。オレもあんたの飯を毎日食えるって思ったら、ここに留まりたいさ。けど、オレ達は――」
「我々は人類軍だ」
レインが言葉を継ぐ。
その瞳には強い意志の光が宿っていた。
「たとえ、上層部が腐っていようとも、神の傀儡であろうとも――」
「その御印を1度掲げた限り、オレ達はあんたらの敵だ」
「でも!」
エスカリナは食い下がる。
ロッキンドとレインが行く道は茨の道だ。
彼らは知ってしまった。
人類の真実を……。
この戦争が、神の手の平の上で行われていることを……。
そんな彼らを、人類が素直に受け入れるとは考えにくい。
最悪、ヴァロウのように謀殺される可能性だってある。
故にエスカリナは、彼らを強く引き留めているのだ。
それでも、ロッキンドとレインの考えは変わらない。
「何故なら、オレ達は勇者だ。民がその平和を望む限り、戦うのが勇者の使命ってもんだ」
「それに、お前達が旧同盟領を収めたことによって、今後の戦局は大きく変わる。特に魔族の勢力に挟まれた西の旧魔族領の新興領地は、もっとも危険な地域になる」
「その絶好のチャンスを、そこにいる軍師が見逃すはずがねぇ。そうだろ、ヴァロウ?」
「ああ……」
ヴァロウは逡巡することなく、あっさりと答えた。
その回答を聞き、レインの瞳が一層厳しさを増す。
「そこでお前が民を虐げるというなら、私たちは戦う。それだけだ」
「今度出会う時は、また戦場かもしれないぜ」
「かもしれんな」
ヴァロウは瞼を閉じ、その可能性を否定しなかった。
男達が覚悟を決める中で、エスカリナはただ1人狼狽える。
「そんな……」
「しっかりしろよ、領主代行。あんたはもう覚悟を決めたんだろ。この戦いは、甘い覚悟で終わらせることはできない。食うか食われるか。戦わなければ、もう勝敗が決まらないところまで来ている。あんたの役目は、敗軍を引き留めることじゃない。あんたの後ろに付いてきている領民を守る事だ。違うか?」
ベンッとロッキンドは、エスカリナの背中を叩く。
少し強く叩きすぎたのか。
エスカリナは倒れそうになった。
それをレインが馬上を下りて、抱きかかえる。
「おい。ロッキンド、加減をしろ」
「へいへい……」
レインに叱られても、ロッキンドは歯を見せ笑っていた。
偶然、エスカリナを抱きかかえるような体勢になったレインの方に、少しいやらしい視線を送る。
それがロッキンドのささやかな策略だと気付くと、氷のように冷静なレインの顔が、忽ち赤くなった。
「け、怪我はないか?」
「え? ええ……。大丈夫。ありがとう、レインさん」
「あ。そのだな……」
「はい?」
「す、すまん」
何故かレインは反射的に謝った。
一瞬きょとんとしたエスカリナだったが、レインが仲間になることを断ったことに謝罪しているのだと解釈する。
金髪を振り、最後は笑顔を見せた。
「ううん。……そうね。わたしたちにはわたしたちの道があって、あなたたちにはあなたたちの道があるものね」
エスカリナは顔を上げた。
ちょうど朝日が山の稜線から昇ってくる。
その白い肌に、朝日が反射した。
「また会いましょう、レインさん。できれば、戦場以外の場所で」
夏の向日葵が咲いたような笑顔に、レインの頭を真っ白になった。
そして、頭の中に渦巻いていた考えごとや、想いがすべてどうでもよくなり、レインの口元は、自然と緩む。
「あなたも息災で。エスカリナ・ボア・ロヴィーニョ」
レインはそれ以上何も言わず、改めて騎乗した。
全隊に行軍の指示を出す。
隊が動き出す中、ロッキンドだけがヴァロウの前に留まった。
「世話になったな、ヴァロウ」
「別に……。俺は何もしていない。強いて言えば、お前の第7部隊を壊滅させたことぐらいだろう」
刹那、ロッキンドはぐっと奥歯に力を入れる。
しかし、すぐにわだかまりを飲み込んだ『爆滅の勇者』は、ヴァロウに1つ忠告した。
「あんたに1つ言っておくことがある」
「なんだ?」
「オレ達は自分の意志で、前線軍に戻るわけじゃない」
ヴァロウはピクリと眉を動かした。
「昨日、前線軍からの間者が接触しにきた」
「知っている」
「だろうな。前線軍からオレ達にこう命令が下ったのさ」
何も咎めないから、戻ってこい。
「随分とうさんくさい命令書だな」
「オレもレインも同じことを思った。だが、その命令書は今の前線軍総司令官ではなく、副司令からもたらされたものだった」
「副司令……?」
ヴァロウは首を捻った。
実は前線軍の総司令官については、名前や経歴を把握できていたが、副司令官については名前も経歴も把握できていなかった。
戦場に出ることもなく、ずっと天幕に引きこもっているのか、その姿すら見たことがなかったのである。
「副司令の名は?」
「オレが言うと思うか?」
今度はヴァロウの瞳が鋭く光る。
「嘘だって……。だが、あんたならびっくりするぜ。なんせ副司令官の名前は――――」
アルデラ・フィオ・ディマンテだからな。
「――――ッ!」
珍しくヴァロウの顔が歪む。
それを見たロッキンドは、ニヤリと笑った。
「かかかっ! あんたのその顔を見られただけでも、負けた甲斐があるってもんだ。おそらく今回の敗戦で、今の前線軍の総司令官はクビになるはずだ。となれば――」
「アルデラが総司令官になる、か……」
「間違いなく。優秀な人だ。あんたもよく知ってるだろ。なんせ――」
最強の軍師ヴァロウ・ゴズ・ヒューネル。
王国最強の剣ロイス・ブル・マスタッド。
そして神童アルデラ・フィオ・ディマンテ。
「かつての人類のトップ3の一角にして、軍略において唯一ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルを超えると言われた方だ。最近まで閑職にいたそうだが、力を付けて、前線軍総司令官まで昇ってきた。強いぞ、あの人は」
「知ってる」
「だろうな。じゃあな! 魔族のヴァロウ! あんたはムカつくやろうだが、出会えたことは、光栄だったぜ!」
ロッキンドは手を振る。
そして、2人の勇者と前線軍はルロイゼン城塞都市から離れていった。
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