第119話 タコの大蒜焼き
「あらあら……。一体、どうしてこうなってしまったのかしら」
ゼラムスは小首を傾げる。
だが、その様子を見ることはできない。
彼女の周りは黒い霧のようなものがかかっていたからだ。
【闇の羽衣】。
魔王が所持する絶対防御の宝具である。
しかし、魔法技術の叡智ともいえる宝具も、本人の前では霞んでしまう。
その圧倒的な存在感に、魔族以下、料理を頬張っていたルロイゼン城塞都市の民たちも、膝を突いた。
そのゼラムスの前には、異様な光景が広がっている。
巨大なタコに2人の勇者とザガスが絡まっていた。
仲良くヴァロウが放った雷撃魔法を喰らったらしく、半分意識を失っていた。
「ヴァロ~ぅ、てめぇ覚えておけよ~」
ザガスは目を回し、きゅうと音を立てて、とうとう意識を失う。
他の勇者も同様だった。
その寝姿を見て、ゼラムスはくすりと笑う。
まるで兄弟のように仲睦まじく見えたからだ。
「それにしても……」
ゼラムスは顔を上げる。
「一体、この巨大タコはどこからやってきたのでしょうか?」
「海の魔物の貢ぎ物ではありませんか、魔王様」
意見したのは側に控えたドラゴランだった。
「なるほど。これはなかなか大胆な貢ぎ物ですね。多少やりすぎだったかもしれませんが……。かなり人類の皆様を怖がらせてしまったようですし」
ゼラムスは周りを見る。
指摘通り、ルロイゼン城塞都市の民や前線軍の兵たちが、得体の知れない動物を見て、おののいていた。
中には泣いている子どももいる。
「ち、違います!」
甲高い声が上がった。
見ると、ウルリカが顔面蒼白になりながら、何度も頭を振っている。
「魔王様、信じてください。このタコは我らの貢ぎ物ではありません」
海の魔物でありながら、魔王から名前をいただいたウルリカは、膝を突き、何度も否定した。
「それでは、誰が?」
「決まっております」
すっくとヴァロウが立ち上がる。
すると、そのヘーゼル色の瞳は鋭く光った。
「少々戯れが過ぎますぞ、ファーファリア殿」
城壁の上で様子を眺めていた第五師団師団長ファーファリアを睨め付ける。
今やドラゴラン、第二師団のアッガムに次ぐ古株の師団長は、ニヤリと笑った。
バサリ、と大きな羽根を舞い散らせ、飛び上がると、魔王ゼラムスの前に控える。
「失礼、魔王様。いや、何……。海でプカプカと呑気に浮かんでるこやつを見つけてね。祭りの余興ぐらいになるだろうと思ったんだよ。どうやら効果覿面だったようだがね」
ししし、ファーファリアは笑う。
悪びれた様子はない。
むしろ興奮していた。
おそらく先の戦さで宿敵『薬師の勇者』シドラーナを討ったことが、よほどうれしかったのだろう。
それに若干酒をたしなんでいるのか、顔が赤い。
「ファーファリア……。もうお酒を飲んでいるのですか?」
「今日はお祭りだよ、魔王様。楽しんじゃダメかい?」
黒目を鋭く光らせる。
この圧倒的な存在感を持つ魔王ゼラムスの前でも、1歩も退くことはない。
「相変わらずですね、あなたは。――ですが、お祭りと自分で発言したからには、皆が楽しめるように配慮しなさい。よろしいですね、ファーファリア」
魔王ゼラムスの圧力にビリビリと空気が震える。
思わず悲鳴を上げて、居すくむものもいた。
泣いていた赤子は泣くのを止めて、静かに小水を漏らす。
一方、ファーファリアの胆力は筋金入りだ。
魔王の恫喝ともいえる睨みに対して、優雅な一礼を持って答えている。
ヴァロウですら、額に汗を浮かべているにも関わらずだ。
魔族が1番苦しい時に生き残ったドラゴラン、アッガム、そしてファーファリアは、他の副官とはひと味違う。
長い年月を生きているというのもあるが、言い方はチープかもしれないが、度胸のレベルが1つ上なのだ。
いくらヴァロウが戦果を上げようとも、この3人の戦果の前ではまだ霞む。
だが、これから魔族そのものを変えていかなければならないと考えているヴァロウにとって、ドラゴラン、アッガム、ファーファリアはいつか越えなければならない壁であった。
「魔王様が祭りの雰囲気を壊してどうするんですか?」
「あっ! ごめんなさい、皆さん」
ゼラムスは慌てて周囲に謝罪する。
一方、ファーファリアはヴァロウの方を向いた。
「よくあたいだってわかったねぇ、ヴァロウ」
「あんな大きなタコを持ってくることができるのは、巨人族ですら持ち上げることができる鳥人族しかいないと思いました。そして、この祭りの席でそんなことをできるのは、ファーファリア殿しかいない――そう思っただけです」
「なるほどね。さすがは、ヴァロウだ」
「恐れ入ります」
「ふーん」
「どうしました?」
「あたい、どっかであんたを見たことあるんだよねぇ」
ファーファリアはヴァロウに顔を近づける。
その冷たい表情を、ヴァロウが動かすことはない。
眉根すらピクリと動かなかった。
ダレマイルがヴァロウの話をしたのは、ファーファリアたちが到着する前だ。
ヴァロウの正体については知らないはず。
しかし、ファーファリアは副官の中でも狡猾な性格をしている。
いつどこで聞き耳を立てているかわからない。
2人の副官はしばし睨み合う。
一触即発な雰囲気になる中、ふわりと良い香りが鼻腔を衝いた。
見ると、エスカリナが夢中になって何やら調理している。
その材料は、例のタコだった。
エスカリナはタコをぶつ切りにし、残っていた小麦粉と和える。
非常食として前線軍が持っていた大蒜を拝借すると、輪切りにし、鍋に引いた油の中に、タコと一緒に投入した。
「いい香り……」
艶のある声を上げたのは、魔王ゼラムスである。
その横でドラゴランも息ではなく、唾液を飲み込んでいた。
ルロイゼン城塞都市の民や前線軍も、漂ってきた芳香に酔いしれる。
ヴァロウとファーファリアも同様だ。
エスカリナの方を向いて、口を開けている。
火を通した大蒜の匂い。
そこに足された磯の香り。
鍋の上で踊るタコが弾ける音が、さらにお腹を刺激する。
ついには意識を失っていたレイン、ロッキンド、ザガスを覚醒させるに至った。
「いい匂いだ」
「ありゃなんだ」
「んなことはどうでもいい! 早く食べさせろ!!」
ザガスは身を乗り出す。
エスカリナは油はねに気を付けながら、鍋の中のタコをかき回した。
「よし! いいわ!」
エスカリナは顔を上げる。
いつしか彼女の周りには、人だかりができていた。
魔族と人類――種族はおろか身分すら関係ない。
エスカリナが作る料理を前に、餌を待つ犬のように目を輝かせていた。
「待たせたわね。これがわたしの新料理!」
タコの大蒜焼きよ!
現れたのは、狐色の衣に包まれたタコだった。
その周りには揚がった大蒜が、強い芳香を上げている。
空きっ腹には溜まらない。
まるで槍で刺されているみたいに、お腹が痛かった。
最初に、エスカリナの新料理を食べられる栄誉を預かったのは、ゼラムスだった。
「あらあら……。わたくしでいいのかしら」
遠慮がちに言うが、すでに金色の瞳は皿に載ったタコの大蒜焼きしか見えていない。
早速、箸を使う。
ふー、ふー、と艶っぽい唇をすぼめて、小麦粉をまぶした揚げタコを冷ます。
その様子を固唾を呑んで、家臣や人類が見守った。
「いただきます」
人間の作法に則り、ゼラムスは口を付ける。
「ぬほほおおおおおおおおおおお!!」
いきなり身を反って叫んだ。
おいしい!
サクッとした衣に、コリッとしたタコの不思議な食感……。
「こんなの食べたことがないわ!」
ゼラムスは絶賛する。
さらに彼女は、その味も褒め称えた。
「タコの塩味がとっても効いてるわ。鋭くて、まるで刃物みたいに舌を刺激するの。この大蒜の風味も最高ね。衣の油に混じっていて、タコの塩味にとってもマッチしているわ」
料理の味を解説する。
その的確な説明に聞いていた周囲が、涎を垂らす。
やや虚ろげな目は、タコの大蒜焼きというよりは、食べるゼラムスに注がれていた。
「はいはい。まだまだあるからね」
エスカリナは次々と新料理――タコの大蒜焼きを作っていく。
作り方は難しくない。
揃った料理人たちも、一緒に作り始めた。
誰かが舌鼓する度に、誰かが笑顔になっていく。
魔族、人類関係なく声を揃えて「おいしい」「うまい」を連発する。
いつの間にか遠巻きに見ていた人類と魔族の距離が縮まっていた。
料理を前にして、会話が弾んでいた。
「すごいですわね、ヴァロウ」
ゼラムスはその光景を感慨深げに見つめる。
「このたった一品の料理が、2つの種族を繋げている。それは刹那の間かもしれないけど……。それでも、あのエスカリナという娘はすごいわ」
「ええ……。彼女には、俺も期待しています」
「ふーん」
ゼラムスは目を細め、ヴァロウを見つめた。
「なんですか、魔王様」
「いえ。あなたが特定の人物を差して、『期待』という言葉を使ったのは、初めてだなと思っただけですよ」
「そうでしょうか?」
「ふふふ……。まあ、いいでしょう。わたくしも期待させていただきましょう」
彼女が魔族と人類の架け橋になることを……。
この話を書いてて、素直にお腹空きました。
明日ですが、活動報告を書かせていただきます。
内容についてはお楽しみに!




