第10話 雷帝
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ヴァロウは城壁に上る。
詰め所へ入ると、すでにザガスが外の様子を伺っていた。
「様子はどうだ?」
ヴァロウは尋ねる。
棍棒を担いだザガスは、牙を剥きだし笑った。
「面白いことになっているぜ」
ザガスは闘気を漲らせる。
今にも飛びださん雰囲気だ。
いや、むしろよく抑えているといった様子である。
戦闘狂のワーオーガは、それほど戦場に飢えていた。
その面白いことをヴァロウは確認する。
詰め所の隙間からそっと様子を伺った。
全身をスッポリと鎧で覆った重装兵たちが、横一列に並んでいる。
その手には大きな盾が握られていた。
「大要塞同盟の重戦士部隊か……」
ヴァロウは呟く。
大要塞同盟には、駐屯兵とは別に、同盟の内部で雇った傭兵部隊がいる。
その1つが重戦士部隊だ。
大盾を持ち、のろまな戦車のように進軍し、敵に圧力をかける。
機動力こそないが、対魔族戦においては、この戦法は非常に有効な手段だった。
人間よりも遙かに膂力に優れた魔物や魔族に対し、その攻撃を手に持った盾でいなしながら、確実に攻撃を加えていく。
その戦果は凄まじく、大戦中期において、魔族に対して猛威を振るった。
それは巣を攻撃しにきた雀蜂を撃退する蜜蜂に似ていることから、味方の間では『蜜蜂部隊』とも呼ばれている。
そして、その部隊の発案者は、ヴァロウであった。
「ざっと400か」
想定よりも随分と少ない。
だが、一都市が抱えてる人数としては多い方だ。
重戦士部隊は金がかかる。
ルロイゼンに1人もいないのは、そのためである。
それでも、横一列に並んだ重戦士の圧力は、倍の歩兵すら凌ぐだろう。
「どうする? ひと暴れするか?」
ザガスはあれを見ても戦意が衰えていない。
むしろ増すばかりだ。
指揮官のヴァロウとしては頼もしい限りだが、さすがにザガスとて、あの重戦士に囲まれれば一溜まりもないだろう。
唯一の武将をここで失うわけにはいかなかった。
「堪えろ、ザガス。お前の戦場はこの後だ」
「本当だろうな?」
「俺が嘘を言ったことがあったか?」
「だったら、今嘘を吐いてくれていいんだぜ。そしたら、気兼ねなく飛び出していけるからよ」
「どういう理屈だ、それは」
ヴァロウはため息を吐いた。
「ヴァロウ様」
背後から声をかけたのは、エスカリナだった。
やや質素なドレスを着て、両手を胸の前で組んでいる。
お願いがあるとばかりに、ヴァロウに向かって頭を下げた。
「ここはまずわたしが行くわ。テーラン軍に軍を引くように説得する」
「できるのか?」
「望みは薄いわね。でも、やるだけのことはやりたいの。無駄な血は流したくないから」
「……いいだろう。やってみろ」
「ありがとう、ヴァロウ」
エスカリナが城壁に立つ。
綺麗な金髪をなびかせた彼女を見て、テーラン軍はどよめいた。
「ルロイゼン城塞都市領主の娘エスカリナ・ボア・ロヴィーニョです」
スカートを摘み、エスカリナは雅に挨拶する。
その時になってようやくヴァロウもザガスも、彼女が貴族の娘であったことを思いだした。
普段、おてんばであけすけな彼女を知っているから、その真実を忘れてしまうのだ。
一方、テーラン軍が動く。
隊列の中から1人鎧を纏った人間が、進み出てきた。
兜を脱ぐと、禿頭の男が現れる。
強い陽光が、ピカリと反射し、思わずザガスは目を細めた。
「ご無沙汰しております、エスカリナ様。覚えておられるでしょうか。テーラン副総督ボアボルド・ジン・シュニッツェルでございます」
その名前を聞き、ヴァロウは少し眉を動かした。
聞き覚えがある。
確かヴァロウがまだ人類軍で軍師をしていた時にいた傭兵部隊の副官だ。
双子の片割れ、兄が部隊の長をやっていたのを、ヴァロウは覚えていた。
野盗崩れの荒くれ者の集団で、時々村に押し入っては、影で略奪を行っていたというのは、有名な話である。
その人間がテーランの副総督をやっている。
いくらヴァロウが優秀でも、こればかりは予想できなかった。
だが、傭兵部隊の実力は本物である。
おそらく武功を上げ、爵位を金で買ったのだろう。
このご時世――貧乏な貴族はいくらでもいるからだ。
「お久しぶりです、ボアボルド様。幼少のみぎりに、よくしていただいたのを覚えております」
エスカリナは歯が浮くような社交辞令を並べる。
「よくしていただいた」などというのは、出任せだろう。
おそらく顔すら覚えていなかったはずだ。
「おお。覚えていただいていたか。あの頃は可愛かったが、今はなんとまあ……お美しくなられて……」
ボアボルドはうっとりと若い領主の娘を見つめた。
唇から溢れた唾を、手の甲で拭う。
「ありがとうございます、ボアボルド様。それよりも、ボアボルド様自ら軍を率い、我が都市に何用でしょうか?」
エスカリナは話を進める。
「その質問に答える前に教えていただきたい、エスカリナ様。何故、ルロイゼンの北門はずっと閉ざされたままなのでしょうか?」
「先日、父が身罷りました」
「なんとドルガン殿が……!」
「それ故、都市を上げて喪に服しておりました。ご連絡が遅くなり申し訳ありません。ただ各都市の領主様には落ち着いてからご連絡を差し上げるようにと、父の遺言があり、今こうして高いところからお伝え申し上げているところです」
領主やその家族が亡くなり喪に服す際、城門を閉めるのは、人類側にはよくある風習だった。
これは領主の魂を都市に定着させることによって、守護霊となってもらうこと。
さらに、死気を外に流さないためである。
「筋は通っておりますな。ですが、随分と喪に服す時間が長いのではありませんか?」
「そんなことはありません。規定の範囲内だと理解しております」
澄ました顔でエスカリナは答える。
わずかに微笑を浮かべ、余裕を見せた。
ボアボルドは鼻を鳴らす。
「ならば折角だ。ドルガン殿の弔問に参ろう」
「それはお断りします。死者の遺言に背くことに……」
「別に構わないでしょう。ドルガン殿も断ることはしないはず。それとも、私がルロイゼンに入ることに、何か不都合でもあるのですか?」
「それはございませんが……」
「エスカリナ様。そろそろ無駄話はやめませんか?」
「無駄話?」
「いるのでしょう? そこに魔族が……」
「何のことでしょうか?」
エスカリナはさらりと言葉を返す。
だが、表情に余裕がなくなっていた。
下腹部の前で組んだ手がかすかに震えている。
それを見て、ボアボルドは白い歯を見せて笑った。
「しらばっくれなくてもいいのですよ。すでに我々は確認しております。あなたと――いや、ルロイゼンの民と魔族は結託していると」
「我々と魔族が結託? なんと誇大妄想も甚だしいのではありませんか?」
エスカリナは鼻で笑ってみせる。
だが、ボアボルドもまた大口を開けて笑った。
「問答など無用なのですよ、エスカリナ様。あなた方が魔族をルロイゼンに入れている。これだけで十分。謀反の疑いがありと本国に報告できる」
「あなた、何を言って――――」
「そして私は心おきなく、ルロイゼンを攻めることができる。叩きつぶし、血を浴び、泣き叫ぶ民衆から略奪することができる」
「そ、そんな……。あなたはルロイゼンを滅ぼすつもりですか?」
「解放するのですよ。正しき人類の都市としてね」
かつてヴァロウも同じ言葉を使い、ルロイゼンを占領した。
そして小さな都市で、人類と魔族の融和が始まった。
だが、今ボアボルドが語る「解放」は全く意味合いの違う言葉だ。
彼はただ血が見たいだけに、このルロイゼンを叩きつぶそうとしていた。
横で聞いていたヴァロウは思う。
衛士長は同族の血を拒み、戦を拒否した。
片やボアボルドは同族の血を欲し、戦を肯定した。
同じ人類でも、人によってここまで違うのだ。
「ありがとうございます、エスカリナ様。私に好機を与えてくれて。退屈していたのですよ。武功を上げて、貴族様になったのはいいが、全く面白くない。戦争をしようにも、戦場は遥か彼方だ。……そこへ来て、隣の都市に魔族が現れた。驚くどころか、私は胸が躍りましたよ」
「狂ってる……」
「結構。さあ、戦争を始めましょうか」
ボアボルドが手を振る。
すると、横列を維持したまま重戦士部隊が進軍し始めた。
ボアボルド自身も、兜を被り直し、隊列に加わる。
ルロイゼンには3つの城壁が並んでいる。
ここを突破することは至難の業だ。
しかし、ヴァロウたちの方にも、重戦士部隊を止められる兵力がなかった。
そう……。
兵力は……。
「起動!」
ヴァロウは呟く。
その手の平の先には魔法陣があった。
それがヴァロウの巨大な魔力を増幅させる。
その魔力に、ルロイゼンの象徴ともいえる3つの城壁が反応した。
やがて大きな魔法陣が広がる。
「これは!?」
エスカリナが息を呑む。
一方、ボアボルドもまた兜越しに、その神々しい光を見つめていた。
「まさか……。それは戦術級魔法!!」
【雷帝】、発射……。
ヴァロウは告げる。
瞬間、光が弾けた。
真っ直ぐに巨大な光の塊が、重戦士部隊を包んだ。
ボアボルドは背を向け、兜を脱いで逃げる。
だが、その動きはあまりに遅かった。
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
悲鳴が響く。
だが、光はそれすらも飲み込んでいった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
とりあえず、『1章 ルロイゼン城塞都市編』はこれにて終わりです。
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