56.その頃、王宮では4(継母視点)
甘い香の漂うティールーム。淡い金の装飾が施されたティーカップを揺らしながら、私は椅子に深く腰を掛ける。
窓の外では鳥がさえずり、何事もなく穏やかな午後を告げていた。その空気に身を委ねることが出来れば、優雅な時間を過ごせるというのに心のざわめきがその余裕を奪う。
「上手くいくはずがない、絶対にっ……」
出来るだけ平静を装い、テーカップに口を付ける。一口飲み干すが、焦燥感が消えることはない。それどころか、日増しに強くなっているように感じる。
領都フォリンダと売買契約を結んでいた商会や領に圧力をかけた。売り先を潰した訳だから、あとは落ちていくだけ――そう思っていたのに。
レティシアはめげずに売り先を探し出した。それだけでなく、魔道具展示即売会なるものを開催して、魔道具をアピールしようとしていた。
しかも、新しい魔道具の発表を匂わせて……。魔道具ブームが続き現在、注目度はとても高い。様々な魔道具が開発されてきて、もう新しい魔道具が出てこなくなった今になって新作を発表することが強烈な注目を生んでいる。
もし、その魔道具が想像以上に便利なものであれば……。そこまで考えると、苛立ちで頭がおかしくなりそうだった。
「絶対に無理に決まっている。きっと、新しい魔道具も利便性の低いものに違いないわ。開発費をかけても売れない物を作っているはず。そうよ、今の時代に必要な魔道具は出尽くした。今更、それらの利便性を越えるものなんて出てこないわ」
そうやって自分に言い聞かせる。少しは落ち着くけれど、すぐに嫌な予感が浮かんでくる。最近、同じ事ばかり考えてちっとも穏やかじゃない。どうして、レティシアはこの城にいないのに、私の心をかき乱すの?
苛立ちながら紅茶を飲んでいると、侍女が近づいてきた。
「王妃様、例の手紙が届きました」
「っ!? 早く寄越しなさい!」
「申し訳ありません」
侍女が手紙を差し出すと、それを勢いよく奪う。適当に封を破り、中に収められた便箋を取り出す。そこで、一旦動きを止めた。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
「大丈夫……。きっとここには、レティシアの凋落ぶりがありありと書かれているに違いない」
心を落ち着かせた後、その便箋に目を通した。ゆっくりと文字を追い、書いている内容を確認する。だけど、読めば読むほどゆっくりなどしてられない。
物凄い勢いで文字を追い、その内容を把握する。次第に手紙を持つ手が震え、息が上がっていく。
『魔道具展示即売会は大盛況。そこで発表されたフロートキャリーという新しい魔道具は画期的なものとして、即日完売。注文が殺到しているみたいです。なお、鉄、魔石、魔鉄の売り先は確保出来た模様』
「なっ、なっ、なっ……なんですってぇぇっ!!」
想像とは全く真逆のことが書かれている! こんなことがあっていいの!? 全てが上手くいくシナリオなんて、誰にも描けないといいのに! このレティシアはその全てを!
「あぁぁぁっ、レティシアァッ!」
怒りでテーブルを横倒しにして発散させようとしたが、苛立ちは積もる一方。どうして、こんなに上手くいかないのか。どうして、レティシアは上手く行くのか。その差に怒りがマグマのようにこみ上げてくる。
「はぁっ、はぁっ! どれだけ手を回したと思ってるの!? 金も、時間も、人脈も……全部注ぎ込んだのよ!? なんで、なんであのレティシアはっ!! あぁぁああぁぁっ!」
両手で髪の毛をかきむしる。それでも、苛立ちは止まらない。どれだけ労力をつぎ込んだとしても、レティシアは簡単に妨害を乗り越えてしまう。それだけじゃなく、いい結果を手繰り寄せている。
それが悔しい。腹を裂かれるような思いだ。本当ならこの思いをレティシアにさせたかったのに、なぜその思いを自分が抱いているのか訳が分からなくなってくる。
「こ、このまま引き下がるものですかっ。……そうだ! 取引を開始した所にまた圧力をかければ! そうしたら、売り先がなくなって困るはず! そうよ、まだよ……まだ終わりじゃないわ!」
レティシアにばかり良い思いをさせてやるものですか! とことん……とことん妨害してやるわ!
そう心に訴えかけると、この場を立ち去ろうとした。――が、その行く手を扉から現れた人達によって防がれた。その人物には見覚えのある顔がいた。
「……宰相?」
「王妃様、お元気そうで何より。ですが、今回は元気が良すぎるようですな」
険しい表情をして宰相が口を開く。
「最近、精力的に活動されているようで……。話によると……決算書の改ざん、商会や領に圧力など多方面に手をかけているようですな」
「なっ……! そ、それは……!」
「様々なところから相談がありましてな。王妃様に言われて止む無く……そんな話ばかりでした」
どうして、私のやったことが宰相にばれたの!? 情報がそちらにいかないように気を付けていたのに、どこからどう漏れたの!?
「今回ももれなくレティシア様に関係していること。そろそろ、いい加減にしてくれませんかね。あなたの尻拭いは、もう終わりです。
こたびの事、ちゃんと責任を取ってもらいますよ」
「な、なんの事かしら。私は何も……」
「そう言ってもね、こちらにはちゃんと証人がいるんですよ。だから、言い逃れは出来ません。……連れていけ」
宰相が低い声で命令をすると、騎士たちが私を取り囲み、その腕を掴まれた。
「何をするの! 無礼よ! 私は王妃……王妃なのよ! このことを王が許すはずがないわ!」
「王の許しは頂いております。今回は絶対にその身を持って責任を取ってもらいます」
「うるさい! 黙れ! 私はっ、私はっ!」
騎士の手から離れようとするが、騎士は力強く握っているため離してくれない。じたばたともがくが、その力には敵わない。
どうして、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの!? こんなはずじゃなかったのに! レティシアが落ちぶれる予定だったのに!
どうして、私が落ちぶれなくてはいけないの!?
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この小説は「宮殿から飛びだせ!令嬢コンテスト」参加作品です。
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