55.再興
「よし、こんなものでどうかしら?」
『問題ありません』
「そう、良かったわ。これで一仕事が終わったわね」
手紙を書き終え、大きく背伸びをした。そろそろ、休憩したいわね。そう思っていると、扉が叩かれる。
「レティシア様、休憩のお時間です」
「セリナ、ナイスタイミングね。丁度、休みたいと思っていたところよ」
手紙を封筒に入れて封をする。それを、横に置いておいたケースの中に収めた。そのケースには沢山の作成済みの手紙が入っていて、今までの仕事の成果が見て取れる。
「今日もお手紙が沢山ありますね」
「えぇ、どこも新しく取引がしたいっていう話だから、いい話ばかりよ。大口の取引もあるし、これからさらに忙しくなるわ」
『レティシアの忙しさは変わりませんね。落ち着く日はくるのでしょうか?』
「しばらくは忙しいでしょうね。なんて言ったって、フロートキャリーが爆発的に人気になったんだもの」
「そんなにですか? 鉄、魔石、魔鉄の産業の事だと思っていました」
私の言葉にセリナは驚いてみせた。
「そっちも人気よ。今回の魔道具展示即売会で、それらを出したのが良かったのね。良質な材料が欲しい領や商会からの問い合わせが後を絶たないわ」
『魔道具のブームは続いていますから、今はどこも魔道具の材料を欲していますからね。まさに売り時と言ってもいいでしょう』
材料の品質を確認した人達は我が領で作られた材料の品質がとても良いことに気づいたらしい。材料の品質が良いと魔道具の性質は上がるし、新しい魔道具を作成する土台にもなる。だから、どこも品質のいい材料を求めていた。
「一時は売り先がなくてどうなるかと思ったのですが、どうにかなって良かったですね。これも、皆様が力を合わせたお陰ですね」
「そうね、一人では絶対に成し遂げられなかったわ。叡智の知恵が無かったら、今頃どうなっていたか……」
『少しはお役に立てて良かったです』
「また、そんな謙遜して」
みんなが己の仕事をしたおかげで、材料の売れ行きは好調だ。新しい売り先も開拓出来て、今は作った傍から売れていくような有様。というか、施設を増設して人員を増やす事も視野にしれなければいけない状況になった。
産業が軌道に乗り、領の収入が増えていく。そのお陰で借金は少しずつ返していけるし、税金を下げることも出来ている。
このまま順調に収入が増えて行けば、借金は完済出来るし、領に住む人達に還元することが出来る。そうなれば、今まで以上にこの町は発展していけるだろう。
「フロートキャリーの方がどうなっているのですか?」
「そっちはもう凄いわよ。協会長に聞いたら、爆発的な人気になっているって。注文が殺到して、作り手が足りなくなっているみたい」
『これは早急に他領から職人を誘致する必要がありますね。きっと、新しい魔道具に釣られて移動を考えてくれる職人がいると思います』
「そうね、これからの展開を考えると、人手はあったほうがいい。よし、この後の会議でそれを議題として上げましょう」
フロートキャリーが世に出ると、商人は目の色を変えてそれを求めた。積み荷が浮いて、移動の負荷がない事に利便性を感じてくれたらしい。
魔道具展示即売会に参加をした商人たち全員が注文したと言ってもいいくらいの盛況ぶりだった。しかも、今フロートキャリーが広まっている段階だから、これから先に注文が増えていく可能性もある。
それにフロートキャリーの売上の一部は領に入って来る。なんて言ったって、ルミアクアの力を引き出したのは私なのだから、その開発者にも売上が入って来る仕組みだ。
その売上のお陰で、領はどんどん豊かになっていっている。寂れた町には活気が戻り、他領に移住していた人達が戻ってきていた。それが何よりも嬉しい。
「そうそう、会議に出したい議題がまだあるのよね」
『あれですね』
「今度は何かしたいことがあるんですか?」
「折角、フロートキャリーが発明されたんだから、その派生の魔道具を作ろうと思っているの。私と叡智で考えたのよ」
「どんなものを作ろうと思っているんですか?」
「今度は――人を乗せる浮く馬車を作ろうと思うの! しかも、今度は自走という機能を付けて、自立して動くものよ」
叡智の知識を借りて、考えた新しい利用法。物を乗せて移動が出来るのならば、人を乗せても移動が出来るはすだ。
「まだ自走機能をどうつければいいのか、考えているところなのよね。だから、色んな魔道具から知見を得て、自走機能を考案しようと思うの」
『人を乗せるということで、安全性もこれ以上に増して重要になります。考えることは他にもあります』
「乗せる物を人に変えるだけで、こんなに考えることが多いだなんて思いもしなかったわ。きっとフロートキャリーよりも難しい問題があるのでしょうね」
考えることが山積みで大変だけど、不思議と気分は落ち込まない。それどころか、ワクワクさえしてきた。
「あ、そろそろ会議の時間ね」
「そんなに休憩してないじゃないですか……。今度は休憩時間を早くして、長くとってくださいね」
席から立ち上がると、セリナがジト目で見てくる。うっ……その目には弱いのよね。ちゃんと、休憩を取らないと無理やりにでも休憩させられるから気を付けないと。
すると、私の気配を察してかセリナが困ったように笑った。
「レティシア様、体に気を付けてくださいね」
「えぇ、そのつもりよ!」
『本当にそうでしょうか?』
「もう、叡智! どっちの味方なのよ!」
二人に色々言われると面倒だから、ここは穏便に済ませたいところだわ。だけど、このワクワクは止められない。
「じゃあ、領地を盛り上げるための会議をするわよ! 叡智、今回もよろしくね」
『お任せください』
私は微笑みながら、扉に手をかけた。未来は、まだ見えない。けれど、その不確かささえも、今は愛おしい。
新しい魔道具、新しい人との出会い、新しい課題。きっとまた、たくさんの困難が待ち受けている。だけど――
「さあ、次は人が乗れる魔道具よ!」
私は扉を開けて、未来へと踏み出した。




