54.魔道具展示即売会(2)
ステージの周辺では、フロートキャリーの展示の準備が進められている。幕を張ったフロートキャリーの運搬、デモンストレーション用の荷物の運搬。様々な物がステージに集まってきていた。
その間、住人と商人たちは出店に並べられた商品を見ていく。かつての領都フォリンダは魔道具の売買で賑わっていた。当時の賑やかさが戻ってきたみたいだ。
その様子を確認していた、ゼナたちが戻ってきた。
「出店の売り上げはどうだった?」
「はい、絶好調です。元々、領都フォリンダは魔道具の製造で知名度がありましたからな。また販売が開始されて、待っていた人が詰めかけてきているようです」
「鉄、魔石、魔鉄の展示も商人の人だかりが出来ていたよ。高品質な材料を見て、商人たちの反応は上々。すでに、いくつか注文が入っているよ」
「飲食店も好調だ。食べる席を沢山設けたのが良かったんだろうな、どの飲食店も行列が出来ている。この分だと、魔道具展示即売会が終わる前に材料が尽きそうだ」
私は報告を聞きながら、会場を一望できるステージ脇から通りに視線を移す。人々の笑顔があふれ、賑やかな声があちこちから響いてくる。かつて荒廃していたこの場所が、今では希望と活気に包まれている。その光景に、自然と頬が緩んだ。
『順調のようですね。これならば、フロートキャリーの発表に期待が持てます』
「期待してもいいってことね。なら、成功すると見て、準備を進めていくわよ」
成功を確信するような言葉にゼナたちも頷いた。それだえ、手ごたえを感じているのだ。また、各々の配置に付き、準備は進んでいった。
◇
ステージの前は人でごった返していた。開会式の時よりも人がいるのは、きっと目の錯覚じゃない。みんな、新しい魔道具に興味津々のようだ。
住人はどんな魔道具が出てくるのかワクワクした面持ちで待ち、商人は目を光らせて商売の事を考えている。人々の様々な思いが交差して、期待に満ちた視線がステージに注がれる。
そのステージ裏に私たちはいた。
「とうとう、フロートキャリーの発表ですな。緊張してきました」
「大丈夫。きっと、受け入れられるわ。みんな、ここまでよく頑張ってくれたわ。本当にありがとう」
「レティシア様こそ、ここまで良く……」
協会長が涙ぐみながら感極まっている。だけど、泣くのは早い。
「じゃあ、行くわよ!」
私は堂々とした姿でステージ上に上がった。すると、ステージの前から大勢の人の視線に晒される。だけど、そんなのは慣れっこだ。
喉の奥に緊張が僅かに張りついたけれど、それを押しのけるように深く息を吸い込む。そして、笑顔を浮かべて前を向いた。
「皆さん――本日は、領都フォリンダの新たな時代の幕開けとなる魔道具展示即売会にお越しいただき、本当にありがとうございます」
澄んだ声で、第一声を響かせる。すると、わっと拍手が広がり、熱気が一気に高まった。
「魔道具が開発され、私たちの生活は豊かになりました。ですが、その恩恵がすべての人々に平等に届いていたかといえば、そうではありませんでした。遠方の村では重い荷を背負い、長い道のりを行く人々が今もいます。交易を担う商人たちは、大量の荷物を運ぶために、過酷な労働を強いられてきました」
会場の空気が少し引き締まる。私は声を力強く、けれど優しさを含ませて言葉にする。
「そんな過酷な現実を変える、魔道具を開発しました。小さな村の農夫にも、大都市の職人にも、旅する商人にも――この魔道具があれば、重さはもう苦しみではなくなります」
レティシアが片手を挙げると、ステージ上に幕の張られたフロートキャリーが乗せられた。その幕の下には車輪もついていないのに、動いている姿を見てステージ前はざわついた。
「誰もが簡単に使える運搬の手――それがフロートキャリーです!」
片手を挙げると、それに呼応するように幕が引かれ――ふわりと浮かぶ魔道具フロートキャリーが姿を現す。その瞬間――ステージ前のざわつきが最高潮になった。
フロートキャリーは、まるで重力の束縛から解き放たれたかのように静かに宙を滑り、重たい荷物を乗せているのに重さを感じない。
「わぁ!」
「浮いてるぞ!」
「荷物が……あんなに大きな箱が……!」
観客たちの中から驚きと感嘆の声が漏れ、あちこちから拍手が沸き起こる。その反応に、私は胸の奥に確かな手応えを感じながら、続けて言葉を紡いだ。
「このフロートキャリーは、魔力のない人でも起動と操作が可能です。必要なのは、たった一つ――運ぶという意思だけです」
ステージ上に小さな子供が登場した。その子供はフロートキャリーに手を掛けると、自由に移動させてみせた。左右に移動したり、回転させたり、自由に動かせることが出来ていた。
「フロートキャリーに乗せられる積み荷は一トンまで大丈夫です。どれだけ大きくても、どんなに悪路でも、積み荷を安全に運ぶことが出来ます」
その滑らかな挙動に、商人たちの目が光るのが見えた。住人たちも口々に驚きの声をあげている。
「これは未来を運ぶ”希望の翼”です!」
私がそう言い切ると、ステージ前から拍手と歓声が一斉に巻き起こった。手を打ち鳴らす音、人々が喜びに満ちた顔で見つめる熱気。そのすべてが、私たちの努力が報われた瞬間だった。
私は振り返って、ステージ裏で涙ぐむ協会長とゼナたちに目をやる。みんな、誇らしげに、そして感動に満ちた表情を浮かべていた。
この一歩が、フォリンダの復興を確かなものにする。
そう確信しながら、私は再び前を向き、広場の中心に向かって深く一礼した。
「本日は、お越しいただきありがとうございました。どうか、この魔道具が、皆さまの生活に力となりますように。それでは――フロートキャリーの販売開始です」
私の言葉を待っていたかのように出店では用意されたフロートキャリーが沢山並ぶ。そして、人々はすぐにそちらの方に流れていき、商談が始まった。
その様子を見届けながら、私は静かに息を吐いた。
この日を迎えるまでに、いくつもの困難があった。資材の問題、技術的課題、商品化への壁――それらを一つひとつ乗り越えて、ようやく辿り着いた今日という日。
そして今、フロートキャリーは人々の手に渡り、未来へと動き出している。
誰かの背中を軽くし、誰かの夢を運び、誰かの明日を少しだけ優しくするために。
『レティシア、お疲れ様です。ようやく、叶いましたね』
一番の相棒の叡智がそう言った。背後では、仲間たちの笑い声と、取引の声が交差する。そして広がっていく、希望の輪。
その光景を胸に刻みながら、私はまた新しい未来へと歩み出す。




