49.ひらめき
「うーん……試作八十三もダメね」
『次に行きましょう。でも、その前に休憩です。そろそろ、セリナがお茶を持って来る時間でしょう』
「あら、もうそんな時間?」
机に置いた時計を確認すると、午後二時四十九分だった。働きすぎは良くないと、三時休憩を入れられていたのだった。
椅子の背もたれに寄りかかり、大きく伸びあがった。
「うーん。なんか、どれも似たり寄ったりの結果ね。軽くなることは可能だけど、浮くことはないわ」
『何通りも試しても上手くいきませんね。これだけ試しても成果がでないということは、やり方が間違っているのかもしれません』
「やり方が間違っているっていっても、これが魔道具の作り方なんでしょ? それを逸脱したら、それは魔道具ではないわ」
『既存の作り方に頼っていては、新しい魔道具なんて作れませんよ』
「でも、どんなやり方がいいのか……」
何通りもの組み合わせを試したが、どれも物が軽くなるだけで浮かない。新しいやり方が必要だと言われても、どうすればいいのか分からない。
何か画期的な方法はないかしらね。叡智と二人で考えるがいい案は思い浮かばない。
その時、扉をノックされた。返答すると、扉からワゴンを押したセリナが現れた。
「レティシア様、休憩の時間です」
「一足先に休憩していたわ」
「それは良かったです。今、お茶の用意をしますね」
そういうとセリナは私の傍に近寄り、お茶の用意を始めた。香しい紅茶がカップに注がれ、ソーサ―と共に目の前に置かれる。その隣には美味しそうなお菓子も置かれた。
「今までとは違うやり方ねぇ……」
「レティシア様、全然休んでないじゃないですか」
「や、休んでいるわよ」
「仕事の事を考えているのは休んだうちに入りません。叡智様も考えるのを止めてください」
『すみません……』
「セリナは叡智のことを良く分かっているわね」
「それは、長い時間一緒にいましたから」
叡智が仕事の事を考えていることを見抜く当たり、セリナは良く叡智の事を分かっている。流石は、私専属の侍女だわ。
「でも、自然と考えちゃうものなのよ。もう、癖になっているわ」
「王宮では暇な時間があったのに、今はそんな時間はありませんね。レティシア様のお身体が心配です」
「こんなので倒れるような鍛え方をしてないわ。大丈夫、大丈夫」
『レティシアは思ったよりもタフですからね。でも、休憩は必要ですよ』
「分かっているわよ。もう、考えてないわ」
そう言って、フォークを手にして皿を見ずに菓子を刺す。そして、そのまま口に入れた。……あれ? いつもよりも簡単だわ。
いつもとは違う感じにようやく皿を見た。そこにはあまり見たことのない形のお菓子が載せられていた。
「この味……アップルパイ?」
「はい、そうですよ。今日のおやつはアップルパイです」
「でも、いつもと形が違うわ」
「タナトスさんが食べやすいように、一口サイズにしたんですよ。最近のレティシア様はよそ見をして、食べずらそうにしていたので、相談してみたんです」
「へー、そうなの」
確かに、最近は考え事が多くてよそ見をしながら食べていたわ。うっかり落ちそうになったこともあったわね。こういう小さな気配りはとても助かるわ。
「このアップルパイ、可愛いわね。一つずつちゃんと模様がついているし、一つずつ包まれて――」
その時、自分の言葉に電流が走ったような衝撃があった。一つずつ包まれて? その言葉が頭の中で何度も繰り返され、あるひらめきが降りてきた。
「それよ!」
『それです!』
「……ど、どうされたんですか?」
私と叡智の声が重なった。
「なんでこんなことを思いつかなかったんだろう。魔石とルミアクアを魔鉄で繋げるという固定概念に捕らわれていたわ」
『それが魔道具の基礎ですからね。中々そこから離れませんでした』
「でも、違う方法がある。そうよ、『ルミアクアを魔石で包み込めば』いいのよ!」
『試してみる価値はありそうですね』
ルミアクアは魔石に含まれている魔力に反応している。ルミアクアと魔石を近くに設置すれば、それなりに効力は強まったが、浮くほどではなかった。
二つを近づければ効力が強くなる。この考えが正しかったのなら、一番近づける手段をとればいい。それが、ルミアクアを魔石で包み込むことだ。
きっと、それが解決方法だ。
◇
翌日、私は製鉄所を訪れた。鉄、魔石、魔鉄は通常通り生産されており、在庫が段々と溜まってきた。この分なら、他の領に売るには十分な数が確保できそうだ。
いけない、今日はその件で来たんじゃなかったわ。このルミアクアを魔石で包み込むためにここに来たのよ。
「じゃあ、やってみて」
「はい」
職人にルミアクアを手渡すと、鉄の容器にルミアクアと溶けた魔石を流し込む。これで、ルミアクアは魔石に包まれたことになる。
あとは、実際に魔石に魔力を流して、どんな反応をするのか……。緊張するわね。
しばらく待っていると魔石が固まり、手で触れるくらいにまで温度が下がった。
「領主様、出来ました」
職人が鉄の容器から出来た物を取り出す。これが、魔石に包まれたルミアクア。これに魔力を通せば、結果が分かる。
「叡智、行くわよ」
『お願いします』
緊張して、少し手が震えた。もし、上手くいかなかったら……。ううん、絶対に上手くいく。今までの苦労が報われるはずよ。
そして、魔石に魔力を通した。魔力を吸収した魔石が少しだけ光る。さぁ、ルミアクアの反応は?
――すると、自分の体が急に軽くなり、足が地面から離れた。
「こ、これは……浮いてる! 浮いているわ!」
魔石に包まれたルミアクアを持っている私の体が浮いた。
「叡智! 私、浮いているわよね!?」
『はい、浮いています。これは、成功です』
「やった、やったわ! とうとう、浮かせることが出来たのよ!」
歓声と共に、私はその場でくるくると宙を舞った。スカートがふわりと広がり、今までにない感覚に体を委ねる。
「見て、叡智! これが私の魔道具よ! 初めての発明なのよ!」
私の笑い声が製鉄所の中に響き渡り、見守っていた職人たちも顔を見合わせて頬を緩ませた。私は嬉しくて、その宙をくるくると回ってみせた。




