48.支える者たち(叡智視点)
暗い部屋の片隅で、魔灯が灯っている。その机には設計図や物が散らばっていて、全てが途中で終わっていた。
そんな机に体を預けて、レティシアは寝ている。気持ちよさそうな寝息を立てて、幸せそうに寝入っている。
『レティシア、起きてください。レティシア』
そんなレティシアに何度も声を掛ける。その体を揺する手がないから、声を掛けるしかない。なので、精一杯声を掛け続けた。
かなりの音量で声を掛けていたのだが、レティシアが起きることはなかった。深い眠りに入っているのか、まったく反応を見せなかった。
このままでは風邪を引いてしまうかも。そう思うのだが、毛布をかける手はない。もし、自分に手があれば、毛布をかけてあげられるのに。
仕方がない、私には体がないのだから。いつものオチに落ち着いた。
私が出来ることは、レティシアが起きそうになったら、声を掛けて起こすくらいの事だろう。なので、その姿を確認し続けた。
静かな夜。レティシアが起きていると騒がしいけれど、レティシアが寝るといつも訪れる穏やかな時間。
今日もそんな時間が過ぎ去ろうとした時――ノックの音が響いた。
扉を見てみると、セリナがそっと部屋に入ってきた。
「レティシア様?」
不思議そうな顔をしてセリナがレティシアに近づいてきた。そして、その顔を見ると呆れたようにため息をつく。
「もう……疲れているなら、ちゃんと休まないとダメですよ」
その言葉に心が痛い。私がもっと、レティシアに強く言えていたら、こんな事にはならなかっただろう。厳しくしているつもりが、甘くなっていたようだ。
「きっと、叡智様の声も聞かなかったのでしょうね。叡智様、お疲れ様です」
突然、声を掛けられた。私の姿が見えないのに、私の声が聞こえないのに、このセリナは時々私に話しかけてくる。
すると、セリナがレティシアを抱えて、ベッドへと移動をした。優しくベッドに寝かせると、レティシアに布団をかける。
こんな状況になってもレティシアは目覚める事はしなかった。相当、疲れが溜まっているらしい。
「叡智様、レティシア様はまた無理をしているんじゃないですか?」
『……そうですね。無理をしていると思います』
私の声が届かないのは知っている。だけど、その言葉に返答したくなった。
「小さい頃からそうでした。何かに夢中になると、つい無理をしてしまうことを」
セリナは懐かしむように微笑みながら、レティシアの額にそっと手を当てた。
「まだ小さかった頃、覚えてます。木製のオルゴールを作ろうとして、夜通し工具を振るっていた日があって……。手が真っ赤に腫れて、泣きながらも『どうしても完成させたいの』って言って」
『ありましたね、そんな事。私の知識を使って、夢中になって作っていました。』
「『叡智の言う通りにすれば出来る!』って言って、ついに一人で完成させました。その時の笑顔が本当に良い笑顔でしたよね」
『いつもの王女としての尊厳のある顔から、無邪気な子供ような顔をしてましたね。当時としては、とても珍しい表情でした』
「あんな風に笑えるのだったら、レティシア様を応援しなければと思っていました……」
優しく微笑んだあと、セリナは少し表情を曇らせる。
「ですが、無理をして寝込んだこともあります。その時のお辛そうな表情は、とても心が痛かったのを覚えています」
『小さい頃は寝込んだことがありましたね。とても辛そうにしていたのを覚えています』
「その姿を思い出すたびに切なくなって、頑張って欲しくないと思ってしまうのです。もう少し、楽な方を選ぶことも可能だというのに……」
『そうですね。でも、レティシアはその選択をしなかった。自分のやるべきことが分かっているのです。だから――』
「だから、応援したくなるんですよね」
私が言いたいことをセリナが言った。どうして、こんなに考えたことが合うのだろう? もしかしたら、声が届いている? いいや、そんなはずはない。
「きっと、叡智様も同じ気持ちで……だから、レティシア様の事を見守ってくれているんですよね」
『私が言っても聞かないだけですよ。それだけ、レティシアには強い思いがあるってことです』
「きっとレティシア様がこんなに頑張れるのは、頼りになる叡智様が傍にいるからだと思うんです。だから、安心して進めると思います」
『……そうでしょうか?』
私の存在がレティシアの努力の礎に? 私はただ知識を与えるだけの存在。それ以上の存在ではないはず。
「これからも、レティシア様を一緒に支えていきましょう。叡智様が傍にいるだけで、とても安心出来ます」
『……一人でなくて良かったです』
私は知識を与える存在だけではなく、支える存在になっていた。レティシアはいつも私に存在意義をくれる。お陰で私が私になれた。
だから、これからも支えていこう。レティシアが真っすぐ自分の道を進めるように。




