45.魔道具協会(2)
この町のお土産にもなっている、青く透明な石。それに触れると、物が軽くなる性質がある。叡智はその性質を利用して、浮く力に変換出来ると言った。
そんな魔道具は見たことがないし、作ることが出来ればきっと注目を集めることになるだろう。
だけど、気になるのは利用法だ。物を浮かせて、どんな物に活用するのか?
「ねぇ、叡智。物を浮かせることで便利になる物ってあるの?」
『もちろん、あります。例えば、馬車。馬車が浮くことで振動は無くなります。あと、荷馬車も良いでしょう。どれだけ重たい物を積んでも、負荷がほとんどありません』
馬車に荷馬車……。確かにそれが浮けば、色んな不快な部分はなくなる。これは、画期的なアイディアだ!
「みんな、聞いて。魔道具展示即売会を開く時に目玉となる商品を考えたわ」
「ほう……。どんな商品ですか?」
「この領都でお土産にもなっている青くて透明な石があるでしょ? それを使って、物を浮かせる魔道具を作ればいいのよ!」
張り切って宣言をすると――その場がとても冷え切った空気になった。
誰もが顔色を悪くして、感触は良くない。これは、一体どういうこと?
「……レティシア様。実はその案……我々も試したのですよ」
「えぇっ!? そうなの!? それで、商品は出来ているの!?」
「それが……何度試しても浮かせることが出来なかったんです」
「そ、そんな……」
すでに案が出ていたことに驚いたが、実践してダメだったと聞いて残念な気持ちが広がる。
「我々も何度も試行錯誤したのですが、どうしても考えた通りに浮かせることが出来ませんでした。出来たのは精々小麦粉の入った袋の重さを半分にしたことでしょうか」
「試行錯誤して、小麦粉の袋の重さを半分に……。それは、浮かせるどころの話じゃないわね」
「開発は止まっていて、あれから全く進んでいません」
どうやら、開発は止まってしまったみたいだ。でも、叡智が言ったのなら浮く可能性はあるはずだ。ただ、やり方がダメだっただけで諦めるのは惜しいと思う。
「……そこで諦めたらダメよ。可能性があるなら、それにかけるのがいいと思う。だって、物を浮かせる魔道具って誰も生み出してないのよ。私たちがそれを実現できれば、これは凄い事よ」
沈黙する面々を前に向かって、今一度可能性の素晴らしさを伝える。迷いのない真っすぐな目を向けると、協会の人達は戸惑いつつも目を合わせてくれる。
「確かに、今までの方法では上手くいかなかったかもしれない。でも、叡智ははっきりと言ったの。浮かせることは可能だって」
「あの……叡智とは?」
「目に見えない私の相棒よ。色んな助言をくれて、とても頼りになる存在なの。言ったことは外れたことがない。だから、私はその言葉を何よりも信用している」
叡智の事を軽く紹介すると、協会の人達は戸惑っている様子だ。まぁ、すぐに認知はしてくれないと思うから、今はその存在がいるってだけでいいわよね。
「この石の性質は軽くすること。それだけでも十分に貴重だけれど、それを浮かせるという次の段階に持っていけたら、私たちはこの町の、いえ、この国の常識を変えることができる!」
「……確かに、私たちも同じ考えでした。その石の可能性があると」
「そうよ。その可能性を疑ったらいけないわ。可能性に夢を見たのなら、実現させましょう。諦めなかったら、絶対に実現出来るわ」
強い口調で説得すると、協会の人達が騒めき立つ。私の言葉に触発されたのか、その目には光が戻ってきているように見える。
「みんなも想像したでしょ? 物が浮いて、便利になる世の中を。人々が喜んで、その魔道具を使う姿を。求めている夢がそこに広がっているのよ」
自分たちで開発した魔道具が人々の生活を豊かにする。職人たちはそんな世界を想像して、日々の仕事に励んでいる。
この石を使って作る魔道具には、そんな夢が詰まっている。既製品にはない夢だ。みんな、その夢を手に掴みたくて頑張ってきた。
「まだ、諦めるには早いわ。もう一度、開発しましょう。この魔道具は絶対に画期的な発明品になる」
もう一度呼びかけると、協会の人達はお互いを見て頷き合った。
「私もまた挑戦したい……」
「俺も諦めたくない」
「夢を掴みたい!」
そんな声が色んな所から上がった。諦めたといっても、それぞれの心に燻った思いはあったようだ。そうよ、その気持ちを前面に出すの。
「協会長、どうかしら? みんな、やる気になっているようよ」
「……そうですな。諦めていた我々の心に火がついてしまったようです。こうなったからには、職人は止まりません」
「だったら!」
「えぇ、浮く魔道具……もう一度チャレンジしてみましょう。今度こそ、我々の手で開発してみせます」
協会長が強い口調で宣言した。これで、開発が進む! 嬉しい気持ちが広がるが、それだけじゃ満足できなかった。
「その話、私も乗ったわ!」
「……レティシア様?」
「私も魔道具開発をするわ。出来るだけ多くの人のアイディアが必要でしょ?」
そう、私自身も魔道具の開発に携わればいい。ただ、指示をするだけじゃダメ。少しでも人がいたほうが、開発の手助けになるはず。
「で、ですが……素人に魔道具の開発は」
「大丈夫よ、私には叡智がいる。基礎の知識は手に入れているわ。あとはそれを覚えるだけだけど、それも不可能ではないわ」
「そ、そうですか?」
「えぇ。これは領の運命を決める大事な開発よ。私も全力を尽くすわ」
一人でも多くの人が開発に参加すれば可能性は広がる。ここは叡智の知識を持つ、私も参加するべき。さぁ、これから開発をするわよ!




