37.その頃、王宮では3(継母視点)
午後の陽光が緩やかに差し込む書斎の一角。上質な羽ペンと金の装飾が施された文箱が並ぶ中、私は慣れた手つきで封を切り、文字を読む。
今日も私を称える文章に飽き飽きしてため息をつく。その言葉は聞き飽きたわ、もっと私を高揚させる文章を書いてきなさい。
「これは破棄」
「かしこまりました」
私が文を返す価値もないわ。侍女に手紙を渡すと、次の封筒に手を伸ばす。その封の宛名に目を通すと、見慣れた記号が書かれてあった。これは、もしや!
「これから集中します。皆は部屋の外で待つように」
「かしこまりました」
部屋にいた侍女とメイドに指示をすると、それぞれが静かに部屋から出て行く。私はそれを確認すると、封筒を手に持ってニヤリと笑う。
この手紙はレティシアに付けた隠密からの手紙。隠密はレティシアを監視し、その情報を逐一私に報告させるために派遣した特別な人間だ。
小さい頃からレティシアに付け、その情報を手にしてきた。だから、レティシアの動向ははっきりと分かる。どれだけ活躍したのかも……。
だけど、今は違う!
「ふふっ、この間の報告は胸がすく思いだったわ。あのレティシアが町民から拒絶され、自分の手で穴を掘り始めるなんて」
レティシアは王宮では誰からも慕われ、尊敬の対象だった。嫌う者がいない王宮はさぞ心地いい環境だったけれど、王宮を追放されてその環境ではなくなった。
きっと、狼狽したことでしょう。今まで誰もが話を聞いてくれたのに、土地が変わって人が変われば話を聞いてくれなくなる。それはきっとレティシアにとって悲劇だ。
しかも、話によるとレティシアは自分の手で鉱石を探し始めたというではないか。採掘は重労働の上に汚い仕事。それを自らやるってことは相当追い込まれたって事だわ。
そう……レティシアは今、盛大に苦しんでいるということだ。あの余裕な顔が醜く歪むのを間近で見れないのは残念だけど、レティシアの醜い顔なら簡単に想像出来る。
なんて、素晴らしい光景でしょう。現実を目の当たりにして打ちひしがれ、醜くもがいている姿が良く見える。そう、私はそんな姿が見たかったのよ!
そして、この封筒の中にある手紙にはそんなレティシアの姿が余ることなく書き記しているだろう。もう、堪らないわ。早く……早く手紙を見なくては!
封を乱暴に切り、喜びで震える手で手紙を開く。口角を上げながら、舌なめずりしてその手紙に目を通した。
心待ちにしていた一文にはこう書かれてある。
『町民と和解したレティシアは共同作業の末、鉱石を発見』
「……は?」
思わず手紙を手から離してしまう。今……手紙には何と書いてあった? 見間違いよね、きっとそうよ。もう一度、初めを読んでみましょう。
震える手で手紙を掴み、もう一度手紙に目を通す。
『町民と和解したレティシアは共同作業の末、鉱石を発見』
思わず、椅子から立ち上がった。手紙を持つ手がさらに震える。
『崩落事故で統率力を発揮して、町民をまとめ上げる。その後、鉱員たちを全員無事に救出した。この事故を犠牲者なく救出したお陰か、町民のレティシアへの態度が軟化。それにより、レティシアの指示を素直に聞き』
「はあああっ!? 何言ってるのよ!? 町民には嫌われていたはずでしょう!?」
何よ、この報告は! レティシアは町民に嫌われていたはずでしょう!? なのに、なのに……なぜ町民に慕われるような展開になっていますの!
いや、そんなことよりも重要な言葉を見逃していたような……。目を指で擦ってもう一度、手紙の始めに目を通す。
『町民と和解したレティシアは共同作業の末、鉱石を発見』
さらっと重要なことを書いているんじゃないわよ! 鉱石……本当にあの山からまた鉱石が出たっていうの!?
私の調査では、鉱石などもう二度と掘り出せないはずだった。専門家に鉱脈調査をさせ、採掘の価値がないと結論づけられた山。それが、レティシアの手で再び鉱石が掘り出された? そんな……そんな馬鹿な話があってたまるものですか!
「な、何かの間違いよ……! そうよ、こんな手紙一つで動揺してどうするの! どうせ偽情報に決まってるわ!」
そう言い聞かせながらも、手に持つ手紙は何度も読み返してしまう。だが、何度目を通しても書かれている内容は変わらない。
『大きな鉱脈らしく、簡単に鉱石が採掘が出来るようだ。その量は以前の採掘量の倍はある可能性が』
「なぁんでぇぇっ!!」
それじゃあ、何!? レティシアが来たことで、知られざる大鉱脈が見つかったって言いたいの!?
……うぅぅっ、レティシアめぇっ! 王宮を出てもなお、周囲に利益をバラまく醜態を晒しているわね!
「ぁぁあああっ!! 悔しいっ!! あの、レティシアが!! また、そんなことをっ!!」
座っていたイスを持ち上げ、力の限り壁に叩きつける。そうしても、この苛立ちは収まるどころかさらに膨れ上がって来る。
「ふざけないでっ……! どうして、どうしてあの娘だけがいつも上手くいくのよ……!」
心臓が早鐘を打つように脈打ち、全身がじわじわと熱くなる。怒り、嫉妬、屈辱、それらが混然一体となって、私を狂気の淵へと追いやる。
「こんなはずじゃなかったのよ……。あの娘は追放され、希望のない土地で絶望の中に沈むはずだったのにっ……!」
震える手で机を叩くたび、ガラスの飾り皿が揺れ、陶器の置物が床に落ちて粉々になる。しかし、そんな音すら今の私には遠く感じられる。耳に響くのは、血が頭に上る音だけ。
このままでは、王宮にいる誰もがこう言う。「やはりレティシア様こそ真の領主だ」と。
あの娘が再び注目を集め、息子の立場が揺らいでしまう。
それは……それだけは避けなければ!
「大丈夫、まだ手は残っている。鉱石が見つかっても、それを売る先がなくなれば困るはず。そこに手を入れてやるわ!」
そう、まだ手は残っている。それを実行すれば、次こそレティシアは終わる!
「覚悟なさい、レティシア……!」




