35.救出
あれから、一つ一つの瓦礫を粉砕して奥へと進んでいった。みんなの気持ちに陰りはない。救出することだけを考えて、ひたすら作業に打ち込んだ。
『あと、三メートルです』
その知らせが私に力をくれた。あともう少しで、崩落に巻き込まれた人たちを救出できる。魔法を発動する手にも力が入り、慎重に瓦礫の撤去を進めていた。
その時、自分の耳に音や声が聞こえてくる。それは、こちら側の音ではなくて向こう側の音。崩落に巻き込まれた人たちの音だ。
「聞こえるぞ! 向こうから音が!」
「あぁ! 本当に生きているんだ!」
こちら側に残った鉱員たちは嬉しそうに声を上げた。その言葉を聞いた女性たちが作業の手を止めて、前になだれ込んできた。そして、瓦礫に向かって声を上げる。
「あんた! 生きているのかい!?」
「あなた、あなた!」
「大丈夫!? 怪我してない!?」
声が届くかもしれないと思って女性たちは声を張り上げた。何度も声を上げてから黙り込むと、微かに向こう側から返答する声が聞こえてくる。
「生きてる……生きてるよ!」
「あぁ、本当に無事だったんだ!」
「こうしちゃいられない。早く作業に戻るよ!」
生で聞くその声に女性たちのやる気が漲った。
「最後のひと踏ん張りよ!」
私が声を上げると、みんなが声を揃えてくれた。私は目の前にある瓦礫を風魔法で粉砕していく。目の前の瓦礫がどんどん減っていき、向こう側の音や声が鮮明に聞こえてくる。
向こう側はとても嬉しそうに声を上げているのが分かった。助けが来ないかもしれないと思っていたのかもしれない。だから、余計に私たちがここまで来たことに驚いていたのだろう。
『目の前の瓦礫をどかせば貫通します』
その言葉を待っていた! 最後の瓦礫を風魔法で砕くと、奥から光が漏れ出した。
「やった! ついに穴が開いたぞ!」
「人が通れるまで大きくするぞ!」
鉱員たちは声を上げて、瓦礫を撤去する手に力を籠める。そして、穴は広がっていき、奥の空間が見え始めた。
奥からは歓声が聞こえ、同時に瓦礫を撤去する音が木霊す。みんなのテンションが上がっていくのを感じながら、人が通れる分の穴を広げた。
「みんな、無事!?」
「こちらは無事だ!」
「だったら、早くこちら側に!」
「あぁ!」
穴の前を開けると、奥から崩落に巻き込まれた人達が次々に出てくる。みんな、とてもテンションが高く、生き残ったことを喜んでいるみたいだ。
それを見ていた女性たちも一斉に集まってきた。
「旦那はどこ!?」
「あなた、あなたー!」
「どうか、生きていますように!」
これじゃあ、鉱員たちが出てこれない。
「感動の再会は坑道の外でして。今は早くこの場を離れることを先決にしましょう」
私が声を掛けると、周りの人は同調してくれた。みんな、坑道の外へと向かって早歩きで出て行く。私は坑道の中に人がいないことを確認すると、最後に坑道を出て行った。
坑道の外へ出ると、日が登っていた。明るい青空の下、坑道前では再会を喜ぶ声が木霊する。
「無事で良かった!」
「生きていて嬉しい!」
「怪我はないかい!? 体調は大丈夫かい!?」
無事に生還した夫を妻が気遣う。その様子はとても心が温まり、穏やかな気持ちにしてくれる。
「本当に誰も死んでいなかったね。叡智様の言っていたことは正しかったんだ」
「ふふっ、私の叡智は凄いでしょ?」
「あぁ、恐れ入ったよ。叡智様の力が本当に分かったような気がする」
「叡智の力はこんなものじゃないわ。他に色んな事が出来るんだからね」
一仕事を終えたハイドとガイが話しかけてくる。二人とも、今回の事で叡智の力の凄さを理解したらしい。その変わりように私は満足だ。
「これからはもっと凄いところを見せてあげるわ!」
『私にも出来ないことがありますので、過剰に期待値を上げるのはやめてください』
「何よ! ようやく認められたのに、嬉しくないっていうの!?」
もう、叡智は肝心なところで消極的なんだから! 怒ってみせると、ハイドとガイが笑った。
「ははっ。今、叡智様がなんて言っているか聞こえたような気がしたよ」
「期待するのはやめろって言ってたんじゃないのか?」
「えっ!? 二人には叡智の声が聞こえるの!?」
「いやいや、聞こえた気がする、だよ。本当に聞こえたわけじゃない」
「だけど、そこに存在しているのを感じる。叡智様の事が少しだけ分かったような気がする」
ということは、この二人もセリナみたいな事が出来るってこと? 聞こえない言葉が分かるようになるのは、特殊能力なのでは?
三人で話している時、こちらにドリスが近づいてきた。
「話は聞きました。あなたが先導して、我々を助けてくださったとか」
「もう、そこまで聞いたの? もう少し、感動の再会を味わっても良かったのに」
「そうはいきません。私は町長ですから。状況をすぐに把握しなくてはいけません」
ドリスの様子がいつもとは違う、とても畏まっている様子だ。一体、どんな心変わりがあったのだろう? でも、少しは私を領主として認めてくれたってことかしら?
「私を含めて鉱員たちを救って頂きありがとうございます。今までの無礼な態度、誠に申し訳ありません」
「気にしてないわ。みんなが無事で本当に良かった」
「これからはあなたの言葉を信じます。だから、なんでもおっしゃってください」
「ふふっ、それはとても頼もしいわ。これからよろしくね」
スッと手を差し出すと、ドリスは困惑した顔をした。そして、少し悩むと手を服で拭き、私の手を握った。これからの事が楽しみだわ!




