33.休息
風魔法の発動に全神経を傾ける。角度、強度を考えて、大きな瓦礫を粉砕するのに適しているか考えながら発動する。風魔法を発動させれば、瓦礫はみるみる粉砕され地面に転がっていく。
『――! ――! ――!』
次の瓦礫は重なっているから、崩れないように上から削っていくのがいいだろう。出来るだけ周りに振動を与えないように注意をして、風魔法を発動する。
『――ア! ――さい! ――シア!』
風魔法を発動させると思ったように瓦礫が粉砕されていく。本当なら一気に粉砕したいところだけど、崩落の危険があるから慎重に事を運ばなくてはいけない。
次の瓦礫は――
『レティシア!』
その時、叡智の声が頭に届いた。すると、集中力がフッと消える。
「……叡智?」
『ようやく、気づきましたね。全く、昔から集中すると人の話が聞こえなくなるんですから。後ろを見てください』
「後ろ?」
呆れた叡智の声に導かれるように後ろを見て見ると、心配そうにこちらを見てきているセリナがいた。
「セリナ? どうしてここに?」
「もちろん、レティシア様の事を心配して来たんです。何度も声を掛けても反応してくださらないんですから」
「でも、私は瓦礫を撤去しないと……」
『飲まず食わずで九時間三十二分動いています。このままでは、体が倒れてしまいます。休息が必要です』
「休息? 私は平気よ、こんなに元気!」
元気をアピールするように腕をブンブン振ってみる。すると、頭がフラリと傾き、盛大にお腹の音が鳴った。
「何が平気ですか! タナトスさんが料理を用意してますから、休息を取りますよ! 他の皆さんもちゃんと休息を取っています!」
セリナがこちらに近づくと、私の手をグイッと引っ張った。よく見ると、周りに人がいない。そうか、気づかない内にみんなは休息に向かったんだ。
『レティシアが集中している時にセリナがこの場を仕切ってくれたんですよ。みんなを休息させるために』
「そうなの? セリナ、私の代わりに仕切ってくれたの?」
「あの状態になったレティシア様は止まりませんからね。なので、僭越ながら私が仕切らせてもらいました」
「そう……また迷惑をかけてしまってごめんなさい。とても助かったわ、ありがとう」
反省をして、感謝を伝えた。それだけでセリナは満足そうに頷いてくれた。
私たちが坑道から出ると、外は暗かった。そうか、もう夜になっていたのか。どれくらい時間が経っていたかなんて気づかなかった。
坑道の前では沢山の焚火が焚かれ、その焚火を囲んでみんなが食事を取って休息をしていた。すると、私のところに少年と母親が近づいてくる。
「領主様、ようやく気が付いたんだね!」
「あんたの姿を見てホッとしたよ。体は大丈夫かい?」
「えぇ、心配かけてしまってごめんなさい。体はこの通り元気よ」
力こぶを見せようと腕を上げると、盛大にお腹が鳴ってしまった。
「領主様もお腹が減っているんだね!」
「無理は禁物だよ。十分に休息を取ってから、また瓦礫の撤去作業を再開しようじゃないか」
「その時はまた一緒に頑張りましょう」
短い言葉を交わすと、少年と母親は離れていった。
「レティシア様、こちらです」
セリナの声が聞こえてそちらの方に行くと、地面に座ったハイド、ガイ、タナトスがいた。
「レティシア様が正気に戻って本当に良かったよ。何度声を掛けても反応がなかったからとても心配したよ」
「凄い集中力を発揮していたみたいだが、体の方は大丈夫か? 魔法を連発して相当疲れているんじゃないか?」
「こんなことでへこたれるような鍛え方はしてないわよ」
「元王女様はタフだね」
「本当に頼もしいな」
軽口をたたくと笑いが零れる。それだけで、疲れが軽くなっていくようだ。みんなと同じで地面に座ると、タナトスが料理を差し出してきた。
「お腹が減ったでしょう。沢山食べてくださいね」
「ありがとう。本当にお腹がペコペコだったの」
スープとパンを受け取ると、味わうように食べていく。どうやら体は食事を本当に欲していたようで、食事の美味しさが体中に染み渡っていく。
「はぁ、とても美味しいわ。元気が溢れてくるみたい」
「おかわりがありますから、どんどん食べてください」
夢中でスープとパンを食べていくと、あっという間になくなった。物足りなくてタナトスにおかわりを頼むと、すぐに料理をよそってくれる。
その私の様子を見て、セリナがクスッと笑った。
「小さい頃もそうでしたね。夢中で挑戦した後はお腹が減ったっていって、沢山お食べになりました」
『集中するのも食べるのも全力でしたね。その後は沢山寝て、次に起きた時には元通り。よく、あんなに動けるなって思いました。まるで、止まったら死んでしまうかのように』
「私を無鉄砲だなんて言いたいの?」
今は子供の時のように本当に周りが見えてないっていう事はないんだから。……よね?
セリナと叡智を交えてそんな会話をしていると、ハイドとガイが笑い出す。
「凄いな! 声が聞こえないのに、叡智様の言葉が分かるようだ」
「セリナには聞こえているんじゃないか?」
「いえいえ、叡智様の声は聞こえませんよ。でも、長年の経験でなんとなく言っていることが分かるんです」
「そうなんだね。僕も叡智様の言葉が分かるようになるかな?」
「今ので少しは理解した。なるほど、叡智様というのはそんな感じなのか……」
私たちの会話を聞いて二人の叡智への印象が変わったみたいだ。今までは距離があったけれど、少し距離が縮んだ気がする。
「やったわ! 少しずつ叡智を認知してもらえているわ! ほら、叡智はもっと喋りなさい」
『……』
「なんでこういう時は喋らないの!」
私が声を上げると、周りから笑い声が上がる。叡智は相変わらず消極的だけど、今だけは叡智がこの場にいるような錯覚を覚える。それがちょっと嬉しい。




