31.非情な現実
あれから私は何度も訴えた。だけど、鉱員たちは頑なに首を縦には振らなかった。
「はぁ……どうしましょう。誰も話を聞いてくれないわ」
「こうなったら、実力行使で行く?」
「そうしたいけど、余計に拗れるだけだわ。鉱員たちが出てくる時間にみんなに訴えかける必要があるわ」
「なら、もう少しで日が暮れる。その時を待とう」
私たちは鉱員たちが出てくるのを待って、入口から離れたところにいた。すると、少年が不安そうに坑道を見ているのが目に入った。
「大丈夫?」
「……うん。まさか、お父さんたちが危険な事と分かってやっていたなんて」
「そうよね。安全だって言われていたのに、本当は危険だと知ったら不安になっちゃうわよね」
「このまま穴を掘ったら危ないんじゃない? 早く、お父さんたちを止めないと」
「分かっているわ。次に鉱員たちが出てくる時に説得しましょう。その時はあなたも説得してくれる」
「うん! 僕、みんなを説得してみるよ! 危険なことをしないでって!」
良かった、少年に少しは笑顔が戻ったらしい。まだ説得の予知はある。あとはどんな言葉を掛けたら、心が動くかなんだけど……。
「ねぇ、叡智。何か説得に適した言葉ってある?」
『説得に適した言葉ですか? それは私の苦手とする分野ですね』
「でも、昔は説得してたじゃない」
『私の言葉は人間には冷たすぎるみたいです。ここで私が考えた説得する言葉をレティシアが言うと、自体が拗れる可能性があります。なので、こればかりはレティシアが言葉を捻り出したほうがいいでしょう』
確かに、叡智の言葉は論理的に突き詰める傾向がある。感情的になっている人達の心は動かないだろう。じゃあ、私が頑張るっきゃないわね。
きっと、大丈夫。みんなが危険だって分かっているんだったら、私の言葉を聞いてくれるはず。大事なのは鉱石じゃなくて、命だってみんなも思ってくれているはずよ。
前向きに説得の言葉を考えようとした、その時――
地面に振動がおき、坑道の中から大きな音が響き渡った。坑道から大量の砂埃が外に噴き出してくる。
「これは……まさか!」
最悪の自体が頭をよぎった。入口で見張っていた鉱員たちが戸惑いつつも坑道の中に入っていく。
「私たちも中に行くわよ!」
いてもたってもいられず、私たちも坑道の中に入る事にした。坑道の中は大量の砂煙で充満して、視界が悪い。口を抑えながら奥へと進むと、先ほどの鉱員の姿が見えた。
「嘘だろ……」
「そんな!」
二人の鉱員が見上げた先を見て見ると、穴が石によって塞がれている光景が広がっていた。その光景を見て、私たちも絶句する。
「まだ鉱員たちが中にいるのに……」
「ということは、沢山の人が閉じ込められた?」
「くそっ! 注意を聞かないからこんなことになるんだ!」
坑道が塞がれた光景を見て、すぐには頭が働かない。……そうだ、少年は!? 慌てて少年を見ると、少年は絶望した顔で塞がった通路を見ていた。
「お父さん……お父さん!」
叫ぶが、声は向こうには届かない。すると、少年がヘロヘロとその場に座り込んだ。
「そんな……お父さんが死んじゃう」
もう助からないと思っている。こちら側に残っていた鉱員たちも絶望に満ちた顔をして、鉱員たちが死んだものと思っていた。
大丈夫、冷静になれ。まずは、状況確認からだ。
「叡智、この崩落はどれくらい続いている?」
『距離にして、52メートルは続いているでしょう』
「その崩落に巻き込まれた人はいそう?」
『……いえ、いません。この崩落で死んだ人はゼロです』
良かった、崩落に巻き込まれて死んだ人がいないらしい。
「みんな、大丈夫よ。鉱員は生きている」
「なんで、そんな事が分かるんだよ!」
「この崩落がどこまで続いているか分からないのに……。勝手なことを言うな!」
「私には叡智っていうとても頼りになる相棒がいるの。その叡智の能力で分かるのよ」
「こんな時に冗談はよしてくれ!」
ここで叡智の話をしても拗れるだけね。なら、実行あるのみよ。
「ねぇ、このことを町にいるお母さんたちに伝えに行ってくれない? 崩落の瓦礫の撤去の手伝いが欲しいの」
「えっ、あっ……お父さん生きてる?」
「もちろん、生きているわ。だから、お父さんたちを助けましょう?」
「……うん、分かった!」
少年にそう伝えると、正気を取り戻した少年は立ち上がり走って坑道を出て行った。
「さぁ、そこの鉱員の二人も道具を持ってきて」
「道具を持ってって……まさか!」
「これをどけようと思っているのか!?」
「そう、そのつもりよ。中に取り残された鉱員はまだ生きている。だから、救出しなくちゃいけない」
「みんなは崩落に巻き込まれて死んだ! もう、誰も生きていない!」
「大丈夫よ。崩落したのは五十メートルくらいだから、それを掘り起こせば中に取り残された人たちを助ける事が出来る」
「そんな話……信じられるか!」
鉱員たちはまだ混乱しているようだ。私の話を信用してくれない。だけど、今は信用してくれなくていい。重要なのはそこじゃない。
「じゃあ、あなたたちはここで嘆いているだけで終わるの? もしかしたら、生きている仲間を見殺しにするの?」
「だって、この崩落じゃ……」
「初めから諦めているんじゃないわよ! この崩落がどうしたっていうの!? あなたたちは、この崩落よりも大きな穴を掘ってきたじゃない! あなたたちには、この崩落に負けないだけの力があるわ!」
「俺たちにこの瓦礫をどけろっていうのか? ……出来ない」
鉱員たちは絶望に染まり切っていて、立ち上がろうとしない。まだ、心の整理に時間が必要みたいね。だったら、私が動くしかないわ。
「行くわよ二人とも」
「行くってどこに? こっちは坑道の入口だよ」
「道具を取りに行く」
「道具を……本当に崩落の瓦礫をどかせるつもりか? 本当に出来るのか?」
「出来るか出来ないかじゃない。やるのよ」
誰かが動かなければ、希望は閉ざされる。だから、私は絶対に諦めない!




