30.坑道の現実
自分の採掘を後回しにして、鉱員たちの作業場にやってきた。作業場の外には誰もおらず、問題なく中に入れそうだ。
「奥まではいかないからね。入口付近までだよ」
「えぇ、分かっているわ。それで十分よ。そうよね、叡智」
『はい、それくらい入れば中の構造を把握できそうです』
なら、大丈夫だ。少年はこちらを少し警戒するように見ると、坑道の中に入っていった。
坑道内は坑木がしっかり組まれていて、見た目はとても安心できる。さすが、鉱員のいる坑道だ。その辺りはしっかりとしている。
この様子なら、簡単には崩落にはならない。けど、やはり叡智の言っていた言葉が気になる。こんなにしっかりと管理されているのに、現場のミスで本当に崩落が起こるのだろうか?
「今のところ、崩落の危険性は見えないみたいだね」
「そりゃあ、現場のプロがやっているんだから。それには細心の注意を払うだろうよ」
「そうだよ! お父さんたちは凄い鉱員なんだから! 崩落させる事なんて、今まで一度もなかったんだよ」
ハイドとガイは坑木を触ったり押したりして、しっかりと確認してくれた。なら、入口付近は崩落の危険はないって事ね。
『検索結果ですが、入口付近は複雑に穴を掘っている形跡はありません。問題があるとしたら、この先でしょう』
「何もない事を祈るしかないわね」
「この坑道はお父さんたちが掘っているから安心安全なんだよ!」
少年が強く訴えかけてくる。その気持ちは分かるが、追い詰められた人間が何をするかは分からない。もし、町長さんたちが鉱石を見つける事に躍起になっていたら……。やはり、早くこの坑道を調べないと。
私たちはそのまま坑道の中を進んでいく。幾つかの分岐点を進み、どんどん奥へと進んでいく。すると、突然少年が前に立ちふさがった。
「もう、これ以上はいかせないよ!」
「少ししか進んでないわよ?」
「ダメダメ! ここからはさらに道が複雑になっているから、帰れなくなるから」
「それなら平気よ。叡智が道を覚えててくれるから。そうよね、叡智?」
『……』
「叡智、どうしたの?」
いつもはすぐに反応してくれる叡智が反応してくれない。不思議に思いもう一度声を掛けてみると――
『この奥は危険です。それ以上、進まないでください』
とても真剣な声でそう言った。その声のトーンに私の背筋がゾッとなる。
「ど、どういうこと?」
『入口の付近はあまり穴が掘られていないので大丈夫でしたが、中盤以降はそうじゃありません。上下左右に明らかに無理に掘ったと思われる形跡があります。きっと、鉱石を掘りだしたいがために、無理をしたのでしょう』
「……っ」
その言葉を聞いて、言葉を飲み込んだ。
『元々は安全に穴を掘っていたようですが、我慢しきれずに危険な所まで手を出しています。この状態で崩落していないのは偶然でしょう。流石、プロの集団ですね』
「褒めている場合じゃないでしょ! 早く、この坑道から鉱員たちを出さなくっちゃ!」
無理をしてでも叡智に確認してもらって本当に良かった。このままじゃ、鉱員たちの身が危ない。
「とにかく、奥にいる鉱員たちを呼び寄せなくっちゃ」
「ダメだよ! これ以上は先へは進ませないよ! 約束を破らないで!」
「ねぇ、聞いて。この坑道は危険な状態なの。このままだったら、崩落する可能性があるわ。だから、一刻も早く」
「お父さんたちがミスするわけない! この坑道は安全なんだ!」
坑道の奥に進もうとすると、少年が邪魔をしてくる。少年は町長たちを信じているようだが、この状況が危険なのには変わらない。叡智の能力は絶対に正しいのだ。それは長年の経験で分かっている。
少年と押し問答をしていると、足音が聞こえてきた。私たちはそっちに顔を向けると、町長が鉱員を連れて現れた。
「何故、こんなところに?」
「丁度いい所に! 私の話を聞いて!」
「……ここでは無理だ。一度、外に出ろ」
良かった、話を聞いてもらえそうだ。私たちはすぐに入口に戻って、改めて町長たちと対峙する。
「何故、坑道の中に入ってきた。入って来るなと言ったはずだ」
「そこの少年から話を聞いたわ。もしかして、危険なところを掘っているんじゃないでしょうね?」
「……息子がそう言ったのか?」
「それは叡智が気づいたことよ。あの坑道は調べさせてもらったわ。坑道の奥の方が危険な状態になっている。それはプロのあなたたちも知っていることじゃない?」
ズバリいうと町長は顔を顰めた。まるで言われたくない言葉を言われたみたいだ。
「ねぇ、分かっているならこの坑道は閉鎖するべきよ。ここで手当たり次第に掘るよりも、新しい坑道を掘ったほうが」
「他の所で採れないから、ここで掘り続けているんだ! これが、俺たちのやり方だ!」
「そのやり方は止めた方が良いわ。鉱員たちを危険にさらす事になるわよ」
「そんなこと、みんなが分かっている」
「えっ……」
嘘……。それじゃあ、危険と分かって穴を掘っていたってこと?
「そうじゃないと、魔石も鉄も採れない」
「そんな事ないわ! この山脈は鉱石の宝庫だから、他の所を掘ってもちゃんと鉱石が出てくるわ」
「だから、他の所じゃ採れなかったって言っているだろう!? 無駄話はもう止めだ」
そういうと、町長は坑道に戻っていった。私は慌ててその後を追おうとすると、ついてきた鉱員たちが坑道の出入口を塞ぐ。
「お前を坑道には入らせない」
「ねぇ、私の話を聞いて! この坑道は危険なの!」
「そんなの分かっている。それよりも大事な事があるんだ」
「そんな……命よりも鉱石の方が大事だっていうの!?」
「鉱石を見つけなきゃ、俺たちは生きていけないんだ! だから、ほっといてくれ!」
必死に訴えるが、私の声は届かない。だけど、このまま見過ごすこともできない。分かってくれるまで、訴えるだけだ。




