25.町長に会う
「そろそろ、町長たちが帰って来る時間よ。来て」
馬車の中で待っていると、初めに出会った母親が姿を現してそう言った。私たちはその母親の言う通りに馬車を出て、母親についていく。その場には母親だけじゃなく、他の女性と子供たちも一緒にいた。
そこでようやく私たちは町の中に入れた。いたって普通の町で、給金が少なかったから町が寂れている印象はなかった。町の中を歩けば、子供たちが遊び、母親たちは集まって井戸端会議をしている。
誰が見ても、給金が低くて苦しい生活を送っているようには見えなかった。これも、町の指導者たる町長の行いがいいのだろう。だから、みんな暗い顔はせずに日常を送れている。
「良い町だね。領都フォリンダに比べれば活気がある」
「同じ領内だというのに、これほどに差があるなんてな」
「えぇ。みんなが前を向いて暮している証拠よ」
大通りを進みながら町の様子を眺めていると、前方から集団らしきものが見えた。よく見るとそれは今までいなかった男性たちだ。一体、この時間まで何をしていたのだろう?
すると、母親たちはその集団に近づいていった。
「あんた、お帰り」
「ただいま。なんだ、迎えに来てくれたのか? 珍しいな」
「ちょっと、あんたに会わせたい人がいてね」
「俺にか?」
集団の先頭を歩いていた大柄でヒゲ面の男性に話しかけた。もしかして、あの母親の旦那さんかな? そう思っていると、母親が私を手招きした。
その事でハイドとガイは怪訝な顔をするが、私は気にしていないと首を横に振る。それから、母親の近くに行った。
「……誰だ」
私の姿を見た瞬間、その男性は顔を顰めて睨みつけてきた。初めから警戒心が高くて緊張する。だけど、怯んでなんかいられない。
「初めまして。この度、ランベルティ地方の領主となったレティシア・アナスタージよ」
「なっ……領主っ!?」
軽く自己紹介をすると、その男性も後ろに控えていた男性たちも驚愕した。まさか、こんなところに領主が来るなんて思ってもみなかったのだろう。しばらくは驚きで無言だった。
しかし、先頭の男性の顔色が変わっていく。顔を顰め、鋭い目つきをしてこちらを睨んできた。
「新しい領主が、この町になんのようだ!」
その男性が声を荒げた。すると、後ろにいた男性たちが罵声を上げてくる。みんなの怒りを真正面からぶつけられてとても緊張した。だけど、ここで怯んだ姿なんて見せられない。私は堂々とした姿を見せつけた。
「この町の事で重大な話をしたいの。町長はあなたかしら?」
「そうだ、俺が町長だ」
この大柄な男性が町長か、いかにも採鉱の町らしい町長だ。
「あなたに今後について話をしたいの。だから、話の席を設けてくれないかしら?」
「誰が領主なんかに時間を取るか。散々俺たちの事を舐めやがってっ……!」
拳を握りしめ、振りかぶって来る。その時、ハイドとガイが私の前に出た。
「この方には指一本触れさせない」
「暴力を奮って、痛い目を見るのはそっちだぞ」
「ぐっ……!」
二人が抑止力になると、町長は顔を顰めた後に手を下ろした。
「あんた、一応この人の話を聞いてもらえないかい」
「なんだって、お前がそんな事をいうんだ?」
「この領主は以前の代官じゃない。少なくとも、私たちの事を案じてくれているんだ。だから、少しだけ時間をくれないかい?」
「お前……」
母親が前に出て町長を説得してくれた。その言葉に町長は表情を緩め、真剣になって考える。
「こいつが領主に対してそんなことをいうのは珍しい。だから、お前たちの話を聞いてやる」
「町長! でも、こいつは散々俺たちを舐めてきた領主なんだぞ!」
「舐めてきたのは、以前の連中だ。少なくとも、ここにいる奴らじゃない。お前たちは帰っていいぞ、後は俺が話を付ける」
町長がそう言うと、後ろの男性たちは押し黙ってバラバラに散っていった。
「俺の家はこの先にある。ついていきな」
男性たちがいなくなると、町長が先導してくれた。私たちは頷き、大人しく町長について行く。
◇
「ここにかけてくれ」
応接間に通され、私は指定されたソファーに座り、二人は私の後ろに立った。町長は私の向かいにあるソファーに座ると、体を前のめりにして厳しい目つきで見てきた。
「本当に新しい領主なのか?」
「もちろん。この指輪に見覚えは?」
「その紋様は……。確かに、領主みたいだな」
指輪を見せると、町長は納得したように頷いた。
「俺の名前はドリスだ。それで、俺に話があるみたいだが、なんの話をしてくれるんだ?」
「鉱山の事よ」
「……まぁ、そうだろうな」
どうやら、予想はしていたみたいだ。だったら、話が早い。
「この鉱山が魔石や鉄が採れなくなって、どれくらいの年数が経ったの?」
「徐々に減り始めたのが十年前だ」
「そう、そんなにも前から減っていたのね」
「そういう情報は事前に前の代官から聞くものじゃないか?」
「どうやら、私への嫌がらせで何も情報がないのよね」
「ふん。あの代官らしい気遣いだな」
どうやら、ドリスは代官の事を知っているらしい。この町に住む人達の反応を見ると、相当自分勝手な治世をしていたみたいね。
「で、魔石や鉄が採れなくなったこの町をどうするつもりでやってきたんだ? 潰してしまうのか?」
「いいえ、潰さないわ。この町に住んでいる人にはこの土地でしか生きていけない。だから、生かすためにも鉱山を閉鎖することはないわ」
「ほう、少しは俺たちの事を思っているみたいだな。だが、どうする? 魔石と鉄が採れなくなったこの町は領に取っては負債になる。それを切り捨てずに、どうやって領地運営をしていくつもりだ」
「それはもちろん、今まで通り採鉱して貰うわ」
「……採れなくなったのにか?」
「私が来たからには、また魔石と鉄が採れるようになるわ」
「はっ?」
私の言葉にドリスは呆気にとられた。まさか、そんな事を言ってくるとは思ってもみなかったのだろう。
「私には叡智という相棒がいるの。その叡智に掛かれば、どこに魔石や鉄があるかなんて一発で分かるのよ」
自信満々に言うと、ドリスは顔を手で覆った。その体が震え出すと、ドリスは声を上げる。
「はははははっ! 何を言っているんだ!? お前は馬鹿か!」
「本当のことよ。叡智の能力を使えば、魔石と鉄の居場所が分かる」
はっきりとした口調で訴えると、ドリスが顔を上げた。その顔は怒りで満ちている。
「俺たちが何年もかけて探している魔石と鉄がそう簡単に見つかるわけがない!」
立ち上がり、大声を張り上げた。今にも襲い掛かりそうな様子にハイドとガイが間に割って入る。
だけど、それよりも気になる事がある。
「何年もかけて探している?」
「……明日、鉱山に案内してやる。今日はもう帰りな」
そう言って、ドリスは私たちを屋敷から追い出した。一体、ドリスは私たちに何を見せてくれるの?




