109.帰り道
瘴気の浄化作業自体はすぐに終わった。
いつも以上にピリピリとした雰囲気の中、シャランと鈴の音が重なる。
霧のような瘴気が晴れていくと、奥へつながる道が見えた。
ここは比較的瘴気が発生して間もなかったようで、ねばねばした瘴気は見当たらない。
魔獣の発生も無いようでほっとする。
他の場所も同じような状況であれば数日で浄化を終えて王都へ戻れそうだ。
「この先を進むと、またがけ崩れになっています。
帰りも来た道を戻ったほうが安全でしょう。」
来た道を戻るとなると、先ほどの崖を今度は降りるのか…。
瘴気の浄化を終えてほっとしていた美里の顔が曇る。
来た時と同じようにジーナさんがカインさんにふれるのが嫌なんだと思う。
美里とは逆で、ジーナさんはにこにこと帰りましょうとカインさんに話しかける。
無事に瘴気が浄化されてうれしいです、ありがとうございますと言っているのが聞こえる。
この領地の貴族として当たり前の会話ではあるのに、どうしても引っかかる。
私たちが会話も無く歩いているから、ジーナさんの明るい声だけが響く。
そうこうしていると、あの崖の上までたどり着く。
上から見下ろすと、登ってきた時よりも高さを感じる。
またジーナさんの手をつないで降ろすのかと思ったら、
キリルが帰り道での魔術の説明をし始めた。
「あ、俺の魔術は上に連れて行くのは無理だけど、下に降ろすのは簡単だから。
帰りは浮かせたまま下に降ろせるよ。
カイン兄さんに引っ張ってもらう必要はないから。」
「ええ!?」
それに反応したのはジーナさんで、真っ青な顔になっている。
「それは嫌です!先ほどは浮き上がるだけでも怖かったのですよ!?
そのまま崖を登った時は気を失うかと思いました…。
カイン様の手にすがれたから耐えられたのです。
ここから降りるのにカイン様に手を引いてもらえないのは嫌です!」
確かに誰の手にもすがれずに浮きげられたまま崖を降りるのは怖いと思う。
実際に登ってみて、キリルに抱き上げられた状態の私でもけっこう怖かった。
あの崖を一人で降ろされるというのは…ちょっと可哀そう。
だけど、さっきの美里の様子を見ていたカインさんは承諾しなかった。
「俺の手が無くても降りられるのだから、俺は関わらない。
案内人の世話は神官隊長の仕事ではない。
どうしても必要なら、隊員の誰かの手を借りてくれ。」
「え…でも…わたくしはカイン様がいいのです。」
「俺である必要はないだろう。
…今後も俺の協力が必要だというのなら、この先は案内人をつけなくてもよい。」
「それは危険です!」
「だが、先ほど感じたが、やはり聖女以外にふれると魔力が乱れる。
これ以上ふれることがあれば瘴気の浄化に支障が出かねない。
神官隊長として、今後はジーナ嬢にふれることはできない。」
「そんな……。」
がっくりとうなだれたジーナさんは、
あきらめたように他の隊員さんに付き添いをお願いしていた。
カインさんの手を借りれなかったとしても、あの崖を一人で降りるのは嫌だったようだ。
私たちが抱きかかえられてゆっくりと降りた後、
ジーナさんが浮き上がったまま隊員に手を引かれて崖を降りてきたが、
よほど怖かったのか涙目になっていた。
こうして何とか一日目の浄化作業を終えテントに戻ってくると、
またカインさんはジーナさんに連れて行かれそうになっていた。
明日の道を確認をしたいと言っているのが聞こえた。
渋々ジーナさんについていったカインさんを見送り、私とキリルと美里はテントの中に入った。
帰り道、ほとんど話さなかった美里が心配で、お茶をしながら話を聞こうと思っていた。
美里はカインさんがジーナさんに連れて行かれるのを悲しそうに見送ると、
さみしそうにテントに入って来ていた。
私とキリルが声をかけようとしたが、
「…少し休んでくる。」
そう言って美里が一人で寝室へと消えた。




