108.崖
美里もカインさんに抱えて登るのかなって思ってたら、なんだか揉めている。
キリルもそれに気がついて、私を抱えたまま三人に近づく。
「ですから、わたしくも一人では登れないのです。」
「じゃあ、案内はここまでで…」
「この後、瘴気が確認された場所まで行くのに、
もう一か所案内しなければいけない場所がありますの。
昨日はここまで隊員の方たちと来ましたが、
この先は危険だからと遠目で確認しただけで案内しておりません。
わたくしが行かなければ瘴気の場所にたどり着くのは難しいと思います。」
「それならば隊員に抱えさせよう。」
「それは嫌です。貴族でもない男性にさわられるのはお断りいたします。
未婚なのですよ。知らない男性に抱えられるなど…ありえませんわ。」
「でも、だからってカインが抱きかかえることないじゃない!」
「カイン様なら母も知っておりますし、安心ですもの。
わたくしもカイン様なら安心してお任せできますわ?」
どうやらジーナさんもこの崖のような場所を一人では登れず、
カインさんに抱きかかえて連れて行って欲しいと言い出したようだ。
それを美里が反対して怒っているらしい。
カインさんは考え込んでいるが、断ってはいないようだ。
どうしたらいいんだろうと思っていると、キリルが新しい提案をする。
「カイン兄さん…俺の魔術で浮かせて、兄さんが引っ張っていくのはどうだ?」
「キリルが浮かせてくれるならそれもできるか。」
「それなら抱きかかえなくてもいいし。
手を引くくらいなら許容できないか?」
「うーん。ミサト、ジーナ嬢を引っ張り上げるくらいなら許してくれる?
案内人がいないことでミサトを危険な目にあわせるのは嫌なんだ。」
「……わかった。…手くらいなら…。」
「ありがとう。じゃあ、そうしよう。
先にジーナ嬢を上にあげよう。キリル、頼んだ。」
「わかった。」
ジーナ嬢はキリルが言った魔術で浮かせての意味がよくわかっていなかったみたいで、
不思議そうに首をかしげていたが、身体が浮かび上がると小さく悲鳴をあげた。
「ジーナ嬢、大丈夫だから。
キリルの魔術で浮いているだけだ。落ちることは無い。
俺が上まで引っ張り上げる。」
「は、はい。」
怖がっているジーナさんにカインさんが手を差し出すと、その手をジーナさんが両手でつかむ。
浮いている時は不安定になるし、私も最初に浮いた時は何かにつかまりたかった。
だからジーナさんが必死でカインさんの手をつかんだ気持ちもわからなくはない。
ゆっくりとジーナさんの手を引いて、崖の上にカインさんが登っていく。
その後ろ姿が小さくなるのを見送りながら、早く戻って来て欲しいと願う。
美里が泣きそうになっているのに早く気が付いてほしい。
手だけだって…さわらせたくない。
美里の気持ちが痛いくらいわかるから、
私はキリルに抱き上げられているのに不安で服をきゅっとつかんだ。
もし自分なら、ジーナさんがつかんだのがキリルの手だったら。
私は美里のように許せたかな…。
上まで行ったカインさんは、すぐに飛び降りて下に戻ってきた。
訓練しているからなのか、隊長だから特別なのかはわからないけれど、
この程度の崖は飛び降りても平気なようだ。
カインさんはすぐに美里のところに戻り、縦抱きにすると謝っていた。
「ごめん…一人にしちゃって。」
「…ううん、もう大丈夫。」
安心したようにカインさんの胸に顔をうずめた美里にほっとする。
まだ瘴気にたどり着いていないし、帰りもあるのに、これからどうなるんだろう。




