104.転移から一年が過ぎて
ビスキュイで周りを囲ったレモンタルトにフォークを入れると、底のほうでサクッといい音がした。
口に入れると甘酸っぱい香りとねっとりしたレモンクリームの味が広がる。
「美味しい~。…はぁ…癒される。」
「今回は大変だったからね。疲れただろう。」
「もう…魔獣は見たくない…。」
国中に瘴気が広がってしまっている今、どうしても後回しになってしまう領地が出てくる。
さっきまでいた領地がまさにその場所だった。
国の反対側の領地の瘴気を浄化している最中に新たな発生の報告が来たが、
浄化の途中で他の領地に行くわけにもいかない。
二組で効率よく浄化したほうが早いため、
私か美里のどちらかを先に派遣するというわけにもいかなかったようだ。
やっとのことで次の領地にたどり着いた時には瘴気は人に取りつき始め、
領内を魔獣がうろつくようになっていた。
魔獣そのものは隊員たちが討伐するのだが、
運悪く人の身体を食い破って生まれてくるところに出会ってしまった。
さすがの美里も食事できないほどに落ち込み、私も夢にうなされることになった。
すぐに浄化できなかったせいか、あちこちに瘴気だまりができていて、
巨大アメーバのようなねばねばした瘴気を浄化するのは本当に大変だった。
それもようやく落ち着き、こうして王都へ帰る馬車付きの部屋で出されたケーキに癒されている。
美里はまだ食欲が戻っておらず、私室でぐったりしている。
それに比べ私はこんな時でもケーキが美味しいと思えるのだから、意外とたくましいのかもしれない。
「もう山場は越えたと思うから、これからは落ち着いて浄化できると思う。」
「そうなの?なんで?」
「どうしても先に発生しやすいのは小さい領地なんだ。
領地が小さいとそれだけ不作だとか税の影響を受けやすいんだと思う。
今、残っているのは伯爵家以上の領地だけだし、ほとんどが安定している大きな領地だ。
完全に発生しないってことは無いと思うけど、今回ほど大変なことはもうないと思う。」
「そっか…ちょっと安心した。
もっとひどくなったらどうしようかと思っていたから…。」
「甘いタルトだったからストレートティーにしたけど、
お代わりするならミルクティーにしようか?」
「うん。お願い。」
キリルがキッチンに向かおうとした時に、テーブルの上に封筒が一通落ちてくる。
王都の神官宮から転送されて来たらしい。
貴族からの手紙なのか、大きな紋章があるのが見えた。
「ん…??この紋章って…ユハエル国か。」
「ユハエル国?そこって、一花を連れて行ったところだよね。
やっぱり、一花に何かあった?」
二つ前の領地に行く少し前、神官宮の私室に置いてある一花の魔力計がおかしなことになっているのに気が付いた。
上半分の砂がどんどん減っていって、最後にはほとんど何もない状態になっていた。
まさか一花が死んでしまったのかと思ったけど、
キリルが言うには完全に無くなっていないから死んでいないと。
ただ魔力切れの状態にはなっているようだねと言っていた。
何があったのだろうと心配はしたが、
立て続けに瘴気の発生が起きたことでそれどころじゃなくなっていた。
手紙をあけて読んでいたキリルが驚いたのか目を見開いている。
最後には首をかしげていたのは…どういうこと?
「…ユウリ、えっと、ちょっと信じられないけど結論から言うね。
イチカはユハエル国王と結婚して王妃になったそうだ。」
「は?」
え?一花が王妃になったって、え?王妃?王様の奥さん?
「どうやらイチカをさらったのは、ユハエル国の前の国王だった。
それで、息子である現国王がイチカを保護した。
聖女じゃなく寄生者だということがわかって、
放置することもこちらに帰すのも難しいからと保護していたらしい。
で、それからずっと自分の魔力だけを吸わせていたそうだ。」
「一花に魔力を与えていたのは王様だったってこと?」
「あぁ、うん。この手紙をくれたのがその国王なんだけど、
寄生者だってわかって、聖女への執着を無くさせようと思ったって書いてある。
イチカがユウリに執着するのが魔力依存だってわかってたみたい。
長い時間かけて自分の魔力に依存させたって。
もうユウリへの執着はないから、安心してイチカのことを任せて欲しいって。」
「……一花はそれでいいの?」
私への依存が無くなったのならそれでいいんだけど、
そのために他の人に依存させたっていうのはいいのかな。
何となく後ろめたい気持ちになる。
「大丈夫。ユハエル国の結婚は神聖書に署名しなきゃいけないんだが、
望んでいない者の宣誓はできないようになっている。
イチカが国王の妻になることに納得していなきゃ王妃にはならない。
幸い、現国王は聖女というか異世界人に詳しい人だったようだ。
後宮は持たず、生涯イチカだけと誓ったそうだよ。」
「そうなんだ…後宮があるのが当たり前の国だったよね。
その国王が一花だけっていうのなら、幸せなのかな。」
「イチカがユウリに悪いことしたって思っているようだって。
この手紙は報告のためだけじゃなく、許可を求めてきているものだった。
イチカが落ち着いたら、幼馴染として手紙を出させてもいいかと。」
「幼馴染としての手紙……うん、いいよ。」
「いいの?断ってもいいんだよ?」
「大丈夫。一花がああなったのは、私も悪かったって思ってるから。
いくら二人に説得されたからといって、
好きでもないのに律とつきあってもいいなんて言うべきじゃなかった。
あの時、絶対に嫌だって断ってたら、きっとまた違ったと思うから。
私が拒絶するのをあきらめて流されてしまっていたのが原因の一つなんだと思う。」
「そうか…まぁ、手紙が来るとしても瘴気が落ち着いてからと言っているから、
まだ少し先の話だと思う。もし、考えが変わるようだったら言って?」
「うん、わかった。」




