103.落ち着く場所(一花)
「イチカは聖女じゃない。
聖女じゃない者が向こうに帰ったという記録を見つけた。
本気でこの世界にいたくない、向こうに帰りたいと望めば帰れるそうだ。」
「…本当に、それだけで?」
「ああ。だが、向こうの世界に帰ったら聖女はいない。」
「……もう悠里のことは、それほどこだわっていないかも。」
「本当に?」
「うん。なんであんなに一緒にいなきゃいけないって追いかけてたんだろう。
それに悠里が、この世界に来てから変わってしまったように思うんだ。
あまり感情を出さない子だったのに、こっちに来たら怒ってばかり。
一緒にいた男にもべたべたしていて、悠里じゃなくなったように見える…。」
「あぁ、それは仕方ないな。
聖女の魂はこちらのものだ。向こうの世界の身体には合わない。
そうだな…何をしていても心に直接届くことはなかっただろう。
壁越しに会話しているようなものだ。
聖女はこちらの世界に来て、あるべき姿に戻っているはずだ。
今、初めて見るもの、触るもの、感じることばかりだろう。
イチカが知る者とは別だと思ったほうがいい。」
「今の悠里は別人だってこと…か。」
あんな風に男性に抱き上げられて、心から頼り切った顔をしていた。
私や律に頼ることなんて一度もなかったのに、なんでって悔しかった。
悠里をよく知るのは産まれてからずっと一緒にいる私たちなのにって。
…生まれ変わった別人だって言うのなら、
悠里の心の中に私たちがいなくても当然だったんだ。
ううん……最初からいなかったんだ。悠里は私たちを必要としていない。
私たちがそのことから目をそらしていただけ。
「聖女への未練が無くなったのなら、それはそれでいいんだが。
わかってほしいのは、向こうに帰ったとしたらもう魔力を吸う相手がいない。
わかるか?昨日までの状況のようになるってことだ。」
「…え?またあんな風に動きたくなくなるってこと?」
「最初から魔力が無い状態で生きてきたのなら、
多少は無気力であってもなんとかなっていたのだろう。
だけど、イチカはずっと魔力がある状態で動いていた。
そこから無くすのは苦痛でしかない。
向こうの世界に戻ったら、また二週間ほどであの状態に戻る。
そこからは…聖女も俺もいない。耐えられるか?」
「…あの状態で一生?」
指一本動かしたくないあの状態で、大学に行って、就職して…。
両親が私の世話をしてくれるわけもないから、一人で食事してお風呂にも入って…。
どう考えても、生きていける気がしない…。
「それだけずっと魔力に、聖女に依存して生きてきたんだ。
急に無くなって、生きていけるわけがない。
だから、俺に依存するように仕向けた。
この城に来て俺の魔力だけ与えていたのは被害を減らすためだけじゃない。
聖女への依存を無くして、俺を選ばせるためだ。」
裸のまま上半身を起き上がらせた王子が、私の両肩のわきに手を置いた。
ベッドの上にくくりつけられたようになって、身動きできない。
見下ろしてくる王子の青い目が少しだけ熱がこもるように見えた。
…え?襲われている?いや、もうすでにやっちゃった後だけど?
「もう一つの選択肢は俺の妃になることだ。
ここで、ずっと俺の魔力を吸って生きていけばいい。」
「…後宮に入れって?」
じじいの後宮に入らないのなら俺の後宮に入れって言ってた。
王子が国王になったのなら、後宮ができたってことだろうか。
…そこでずっと愛人として?魔力のために?
「後宮は作らない。俺の妃はお前だけにする。」
「え?作らない?そんなわけにいかないんじゃ…。」
国王の後宮に妃が二十人以上とか言ってなかった?
末子が継ぐから、なるべく子を産ませるとかなんとか。
「いくらなんでも父上が妃を娶りすぎたし、
王子も多すぎたんだ。
このまま後宮制度を続けたら財政が持たない。」
「そういう理由?」
なんだ…お前だけとかそういう恋愛話じゃなかった。
期待したわけじゃないけど、ちょっと納得いかない。
じゃあ、なんてこんな色っぽい体勢なの!?
このまま押し倒されるのかと危機感あったんだけど…?
「…それだけでもない。
俺はお前がいれば…あとは良いかと思ったんだ。」
「ん?」
「後宮の愛人になるのは嫌なんだろう?
俺の妃はお前だけにする。
…だから、お前もこれからは俺だけにしておけ。」
ゆっくりと重なった唇に、返事はできなかった。
逃げようと思えば逃げられたかもしれないけれど、
起きた時点で王子を追い出さなかった私はすでに負けていたんだろう。
それが魔力なのか、王子自身なのかわからないけれど。
負けてあげるのも悪くないと思った。




