エピローグ
ちくしょう……死にたくねえ……死にたくねえよ……なのに、なんでこんなに幸せなんだ……
リーネがいて、トーイがいて、イワンがいて、カーシャがいて、マリーチカがいて、マリヤがいて、ボリスがいて、ペトロがいて、ラーナがいて……みんながこうやって俺を労わってくれてて……
前世でこれに気付けてたら、女房も娘も、こうやって俺を見送ってくれたのかなあ……
こうして、俺は死んだ。四十一歳になる直前だった。
なのに……
なのに、なんでだ……!?
なんで、俺はここにいる……!?
西暦二一二七年。俺は、また、日本にいた。
阿久津礼耶。それが俺の名前だった。向こうの世界で死んで、また日本に転生したんだ。聞けば、<阿久津礼耶>は、五歳の時に、中耳炎から脳炎を併発して生死の境をさまよってたらしい。
で、幸いにもそれは回復したものの、また前世の記憶を取り戻してしまったんだ。
まったく……どういうことだこれは? 今度は百二十年分の記憶を持って新しい人生を送るってか? 神だかなんだかは、俺に何をさせようってんだ?
それはさっぱりだが、一つだけ、確かなことがある。
「ばあちゃん……僕だよ。礼耶だよ……」
虚ろな目で俺を見つめる九十七歳の老婆に、俺はそう声を掛けていた。老婆の名は、
<阿久津ゆかり>
そう。彼女は、前々世で俺の娘だったゆかりその人なんだ。俺は、ゆかりの曾孫として新しい生を受けた。
ゆかりは、認知症を患い、施設に入れられていた。自宅から程近いそれだったから、俺は、毎日のように彼女の下を訪れ、話し掛けた。
俺以外の家族は、誰も来ない。ゆかりは、化粧が上手い美人ではあるものの横柄で横暴で、鼻持ちならない女だったそうだ。だから夫とも離婚し、実の息子にも孫にも嫌われて、こうして施設に預けられた。
だが俺は、そんな彼女を放っておけなかったんだ。
『俺があんな父親だったから、ゆかりもそれを真似ちまったんだろうな……』
って思ってよ。
「ごめんな……ゆかり。俺が勝手にこんな世の中に送り出しちまった所為で、辛い人生を送ることになったな……本当にごめん……」
もちろん、彼女がこういう人生の終わりを迎えることになったのは本人の所為もあるだろう。俺が前々世で後悔しかない最後を迎えたのと同じに。
でもな、それ自体、俺が彼女を勝手にこの世に送り出してなけりゃ、ないことのはずだったんだ……せめて、アントニオ・アークがリーネやトーイやイワンやカーシャやマリーチカやマリヤやボリスやペトロやラーナに対して接していたのと同じようにしてやれれば、少しは違っていたかもしれないが……
だからこそ、俺には、彼女を見捨てることができなかったんだ。
女房やリサについては、本人の意思で俺みたいな男を選んだという責任もあるかもしれないが、ゆかりは別に、望んで俺の娘に生まれてきたわけじゃない。
こんなことで俺が彼女にした仕打ちが帳消しになるとは思わないにせよ、せめて、俺だけでも彼女を労ってやりたい。
素直に、そう思えていた。
ああそうか……これに間に合うように、アントニオ・アークは四十で死んだのかもしれないな。向こうでの役目は終えてたし、こっちでやり残したことをするためにって感じで……
なるほど納得したよ。
~了~




