リーネと一緒にいたいだろ?
「お父さん……」
そう呟いたイワンは、毒気が抜かれた表情になってた。それでいい。それが大事だ。ロクデナシのために自分の幸せを台無しにする必要なんざねえ。
復讐心に取り憑かれた奴がそれを後回しにできないのは、結局、幸せじゃないからだ。自分の復讐心と引き換えにしてしまえる程度のものしか持ってねえからだと俺は思ってる。そう実感してる。
俺も、アントニオ・アークも、両親に対しては恨みしかねえ。奴らに対しちゃ感謝も恩も感じねえ。まあ、鍛冶屋としての技術を身に付けさせてくれたことについちゃ感謝してもいいが、それはあいつらの行いをチャラにはしねえ。
幸い、俺の場合は二人ともくたばっちまったから復讐もしようがねえものの、もし生きてたとしても、今のこの幸せはそれと引き換えにして惜しくねえものじゃねえんだ。両親に復讐してここにいられなくなっても構わねえ程度のものじゃねえんだよ。
だから俺は、自分の復讐心と折り合いを付けられてる。てか、今は、イワンの親に対する憤りだな。そんなものと引き換えにできるようなもんじゃねえ。
イワンにとってもそうであってもらう必要があるんだ。
それにイワンは、
「これからもずっと、リーネと一緒にいたいだろ?」
俺がそう言うと、かあっと顔を赤くした。そうだ。イワンはリーネに恋をしている。
トーイにとってはまだ三歳くらいの頃に姉弟みたいになったからか彼女のことをそういう目で見ないが、イワンは六歳(実年齢ではたぶん五歳)の時にここに来たから、実の姉弟じゃないことは本人もしっかり承知してる。それもあってか、リーネに優しくされて恋心を抱いてしまったようだ。
それが今後どうなるかは分からないものの、少なくともイワンがこのまま彼女への想いを持ち続け、そしてリーネがそれを受け入れるなら、俺はそれについてとやかく言うつもりはないんだが、だからこそ、リーネを守っていける男になってもらわなきゃいけないからな。
これは別に腕力的な意味だけじゃない。彼女の心を守れる男であるかどうかが大事なんだ。稼ぎはまあ、<絵本作家>としてはもう結構なものだからそれはいいとしても。
ここまででもう十冊、イワンの手による絵本が作られてる。しかも、作る度に絵も文字も上達していって、今じゃ一冊銀貨三百五十で売れるそうだ。で、これについてエリクは、
「これまでの取り分を見直して、イワンが六、俺が四でいい」
と言い出した。これはあいつがお人よしだからじゃない。イワンの取り分を多くすることで抱え込みを図ってるだけだ。
商売人としての戦略なんだよ。




