生まれが九割
そうして毎日毎日、淡々と、でも穏やかに、しかも楽しく過ごす。
三人でメシを食って、仕事して、風呂に入って、一緒にベッドで寝て。もうそれだけで十分に幸せだった。
この世界じゃ、そもそも<贅沢な暮らし>なんてものが望み薄だ。本当に選ばれた特別な人間しかそれを得られない。しかも、<努力>なんざクソの役にも立たねえ。『生まれが九割』だな。印象としては。あとは特別な才能を持った商人くらいか。『騎士だの戦士だので武勲を上げて』なんてのも、そもそも騎士になるには生まれが大事で、戦士だって武勲をお膳立てしてくれる仲間が必要だそうで、それはつまり、そういう仲間が用意できる生まれでないとダメってことだな。
ははは! 大した社会だよ!
でも、だからこそ<贅沢な暮らし>=<幸せ>ってわけじゃないんだなってのを感じる。
『負け犬の遠吠え』
って言いたいんなら言えよ。だが、そんなもんは今の俺には届かねえ。リーネやトーイとの暮らしが楽しくて幸せな俺にはな。
とか何とか、寒さも峠を越したらしい頃、でもまだ、庭の風呂には氷まで張ったりしてる頃、エリクがまた村にやってきた。
「よお、頼まれてた絵本、入ってるぜ」
言われて、
「分かった。明日、金をもってくる」
応えた俺にエリクが見せた絵本は、
<千の獣の皮を被った王女>
という、ちょっとピンとこないタイトルのそれだった。ざっと内容を読んでみたが、
『ある国の王妃が病を患い死の床に就いた時、自らの死期を悟った王妃は、愛する王に対して、『自分よりも美しい女性以外とは再婚しないでほしい』と言い残す。王は『分かった』と口にするが、王妃は大変美しい方だったので、王自身もそのつもりはなかった。
そして王妃は亡くなり、王には新たな妃候補が次々と現れるものの、亡くなった王妃を凌ぐ者はおらず、結婚には至らなかった。
だが時が経つにつれ、王と王妃の間に生まれた王女が大変に美しい娘に育ったことで、王は、『王女こそが新しい王妃に相応しい!』と考え、王女を妃として迎えると告げた。
だが、さすがに血の繋がった父と娘の婚姻となれば眉を顰める者もおり、臣下でさえ『お考え直しください』と進言する。また、王女自身、自らの父親と結婚するなど冗談じゃないと、王に、太陽と月と星のドレスや千の動物の皮を使った外套をせがみ、それが用意できないなら結婚はしないと無理難題を吹っ掛けた。
なのに王は、国中の職人を総動員し、見事にドレスと外套を用意してみせた』
って、なんだこりゃ? 父親が実の娘に結婚を迫る話かよ。
だがそれ以上にあれなのは、『美しい王妃を上回る美しさを持っていたのは王妃の娘である王女だけだった』って、こりゃまた分かりやすく『親に恵まれなきゃ王と結婚するチャンスもめぐってこない』ってことじゃねーか。




