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命をいただく

「神様…! 救いを…許しを……安らぎをお与えください……!」


両手で耳を塞ぎ、リーネは、<神様への祈り>を何度も何度も口にした。


それを耳にして、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。異世界転生や異世界転移ものではおなじみの<神様>も、ここにはいないようだ。前世の世界と同じだな。結局、人間の頭の中にしかいない存在なんだよ。


そんなものに頼ることが滑稽で仕方ないが、今はそれどころじゃないな。


「ビキッ! ビキィッ! ビキイイイーッッ!!」


イノシシはそれこそ死力を振り絞って罠から逃れようともがいた。しかし、どれほどもがいても、罠は外れなかった。


一時間くらい、そうしてたかな。うっすらと空が白み始める。朝の空気が近付いてくるのが分かる。そして、イノシシの声も次第に止んでいった。疲れ果てたんだろう。俺の視線の先には、木の枝に括りつけた蔓に右前足を吊り上げられてぶら下がったイノシシの姿。


でかい。百キロは間違いなく超えてるだろう。あれが力の限り暴れて、よく蔓が切れなかったなと感心するが、まあ、えてしてそんなもんなんだろうな。


ナイフでないとまったく切れそうにないしっかりした蔓だったし。


イノシシは、精も根も尽き果てたような感じで、右前足からも血を流していたものの、まだ死んではいなかった。


「ちょっと待ってろ」


リーネにそう告げて立ち上がった俺に、彼女は縋るように手を伸ばしてくる。


「心配すんな。どこにも行かねえよ」


と口にしながら、俺はイノシシへと近付いて行った。慎重に。と、それに気付いたのかイノシシがまた暴れ始めた。


が、何度か体を揺さぶったものの、もう体力も尽きているらしく、すぐにまた動きを止めた。そして俺は、そんなイノシシにナイフを突き立てた。


前世じゃ、生きたイノシシにこうやってナイフを突き立てるなんてこともきっと簡単にはできなかっただろうが、こっちじゃ、子供の頃から罠に掛かった獣をシメるなんてことも当たり前のようにやらされるからな。俺も慣れちまってたよ。


こうして仕留めたイノシシを、その場で捌いていく。さしずめ、<イノシシの吊るし切り>って感じか?


吊るし切りはともかく、獣をその場で捌くのも、こっちに来てからは何度もやったことだ。最初は胃の中をぶちまけたりもしたものの、すぐに慣れた。慣れさせられた。


向こうじゃ、どこかの知らない誰かが代わりにやってくれていたことを、こっちじゃ自分でやらなきゃいけなかったからな。


『生きる』ってのは、『命をいただく』ってことなんだって、改めて思い知らされたよ。



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