売り手市場
ちなみに、新しい部屋は、風呂に入る時の<脱衣所>としてもすごくちょうどよかった。家の窓を開けてるとそちらからは丸見えにはなるが、こうして三人一緒に入る間は別に問題ないだろう。リーネが今より大きくなってそれこそ羞恥心でも芽生えてくればその時は布でも吊ってカーテン代わりにして目隠しするさ。
もっとも、この世界の女ってのも、まあ、暑い時なんかには片乳放り出して農作業したりもするからな。前世での感覚とはまったく違ってる。だから細かいことを気にする必要もないかもしれない。あくまでリーネがどう感じるかでいいだろう。
『気にしろ!』と押し付けるのもおかしいが、『気にするな!』と押し付けるのももちろん違うしな。
で、仮設の部屋については、今後増えてくるであろう家財道具とかの置き場所としても使うことにした。
翌日、また品物を持って麓の村に向かう。あのオバサンに言われてた<鍋>も持ってな。
そうしてオバサンの家に向かって、
「鍋をお持ちしました~!」
って声を掛けると、
「いいとこに来てくれたよ! これと交換しとくれ!」
と言ってオバサンが出してきたのは、それこそもう何度も穴が開いたのを応急処置で塞いで、でも厚み自体がかなり減っているのが一目で分かる、恐ろしく使い古されたボロボロの鍋だった。
『こりゃ酷い……』
と思いつつ古いのを受け取り、代わりに俺が作ったのを差し出すと、
「いい鍋じゃないか。そんじゃ、これでどうだい」
言いながらオバサンはさらに銅貨が入った袋を渡してくれた。
「二百枚入ってる」
「まいどあり」
俺は敢えて数えずにそのまま受け取る。相場なんてあってないようなもんだ。ここでケチって誤魔化すような奴は嫌われて品物を売ってもらえなくなることも多い。生産力が必ずしも高くないから、売り手市場なんだよ。ちゃんと支払ってくれないような奴を相手しなくても他に買ってくれる奴はいくらでもいるからな。だから割とちゃんと払ってくれる。
近代になって消費者保護が煩く言われるようになったのは、こういうのも影響してるのかもしれないなと思ったり。売り手の方が強かったりするから、売り手側に割と性質の悪いのも少なくなかったんだろう。
ただし、俺はそういうのはしないでおこうと思う。客を甘やかすつもりはないが、だからと言って横柄な態度を取るつもりもないんだ。あくまで人としてまっとうな商売を心掛けたい。リーネとトーイと俺との三人でつつましく暮らせればそれでいいんだ。
オバサンも、いかにもがめつそうなその見た目とは裏腹に、少々態度が大きいのはさておいても、客としてはまっとうだと思うよ。




