悪役令嬢は変装する
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──悪役令嬢は変装する
ミーネ君の一件で理解したが、私の変装能力は中途半端すぎる。
私に必要なのはもっと高度な変装術だ!
というわけで久しぶりにやってきました魔女協会。
ここになら変装のアイディアもあるかもしれない。
「変装、か。あるにはあるぞ。便利な魔術だ」
私の相談に応じるのはセラフィーネさんだ。変装するにはブラッドマジックが手っ取り早いかなって思ったのだ。
「教えてください!」
「まあ、せかすな。久しぶりだからどうやったのか本を調べないとな」
私ががっつくのに、セラフィーネさんが面倒くさそうな顔する。
「確か、そこら辺の本棚にある。偶には自分で探してみろ」
うげーっ。タグ付けもされていない本棚で目的の本を探すとか難易度高い……。
「おっ? エリアス・フォン・エンゲルハルトさんの本だ。なになに。“ヒト種の血液造成機能の強制停止に関するブラッドマジックの研究”……。これって本当に効果あるんですか?」
「ああ。それで10人ほど殺した。効率としてはあまりよくない」
殺したって。さりげなく危ないことを言うからな、セラフィーネさんは。
「ふむ!? “女性を魅力的だと感じる際の男性の心の動きについて”……。これ借りていいですか?」
「ダメだ。それを基にいろいろと試した奴がかなり死んでる。さっきのブラッドマジックより死人は多いぞ」
「何故に……」
どうして人間の血液生成機能を強制的に止める魔術より、女性を魅力的に感じる際の男性の心の動きを記した本が人を殺してるんだ。一体、何があったんだ。
「おやおや。“若さを保つために必要なブラッドマジックに関して”とは。これは興味ありますね。セラフィーネさんが若々しいのもこのブラッドマジックのおかげだったりしますか?」
「私のはもっと高度な術式を使う。無論、対価も払わずして得られる若さではない。それなりの流血があっての上だ。人間の、な」
「うええ……」
私も若くはありたいけれど、人を犠牲にしてまではちょっと……。
まあ、私には老化を遅延させるためのジャバウォックの髭があるからいいか。
「まあ、若さを保つ、というより不老不死になるには吸血鬼にでもなるのが手っ取り早いがな。私も一時期はそれを検討したようなものだ」
「えっ!? 吸血鬼って存在するんですか!?」
「なんだ、知らなかったのか?」
剣と魔法のファンタジーワールドだからいてもおかしくはないんだけど。オークとかドラゴンとかいるわけだし、今更感もある。だが、吸血鬼が存在すると言われると、なんとなくファンタジーを実感する。
「エンゲルハルト家が吸血鬼の系譜だぞ。表向きはそうなっていないがな」
「そうなんですか? ってことは、エリアス・フォン・エンゲルハルトさんってご存命だったりしますか?」
「さあな。忌み嫌われた呪殺屋の系譜だ。一族同士で殺し合って死んだか、それとも他の連中に恨まれて死んだか。吸血鬼と言えど長生きはできなかっただろう」
目の前のロリババアさんも生贄捧げたりして、相当嫌われてそうだけどな……。
「で、目的の本はまだ探せないのか?」
「いや。いろいろと本があると楽しくて」
文系としては本は友達だ。最近は電子化が進んでるけど、お気に入りの本は紙媒体と電子媒体の2セットで購入している。本棚に並べると気分がいい。
まあ、ひとり暮らしの身としては並べられるスペースには限界があって、泣く泣く手放した本も多いけれど……。
なので、こういう大きな図書館には非常に憧れる! 図書館は浪漫だよ! でも、できれば検索ツールが欲しいかな……。
地球の図書館はAR(拡張現実)で目的の本に検索したタグが付いていればすぐに見つかったけれど、ここはローテク図書館だからな。これだけの量だと目的の本を探すのには相当な時間がかかりそうだ。
「ややっ!? これは!?」
だが、目的の本がすぐ見つからなくてもいい発見はあるものだ。
「“ブラッドマジックで女性の乳房を豊満にする方法”……!? こ、これ、試してみてもいいですかっ!?」
「おい。最初の目的はどうした」
確かに変装の術を探しに来たのだけれど……!
この一向に大きくなる気配がない推定Aカップの胸をちょっとばかり大きくできたら嬉しいかなって思うじゃないか!
「胸が大きかったら私だってばれませんし?」
「胸の大きさぐらい魔術を使わずとも弄れるだろう」
まあ、パッドを入れるという方法もあるのだけれど。それじゃ偽乳だよ。
「これで死人は出てませんよね? 試してみていいですか? いいですよね?」
「好きにしろ。やり方は書いてある通りだ。それで死んだ奴はいない」
やったー!
で、やりかたはと……。
えっ? まずは素材に妖精の血を3滴? それから熱した水銀? 何に使うの?
────……。
まあ、やり方は分かった。
「ブラウ、ゲルプ、ロート。お願いがあるのだけれど!」
「何ですか、マスター……。またここで嫌われた魔術の実験ですか?」
「いいや。私の女としての勝負のための魔術を」
「意味が分からないです……」
まずは妖精たちから血を献血して貰わなくては。
「とりあえずひとり1滴ずつ血をちょうだい」
「やっぱり変な魔術を……」
「変じゃないから! ちょっと胸を大きくするだけの魔術だから!」
「あっ。マスター、やっぱり気にしてたんです?」
やっぱりとはなんだやっぱりとは。
「まあ、血の1滴ぐらいなら……」
「ありがとう、ブラウ!」
ヘヘッ! 今度、円卓にもないような高級なお菓子を奢ってあげるぞ!
「で、水銀を……」
この魔術、どうやら錬金術とミックスされているらしく、あれこれと錬金術の技術が必要とされた。その点は錬金術に詳しいカミラさんに助けて貰った。カミラさんがいつくしむような視線で私の胸を見ていたのはこの際だから気にしない。
「よし。後はブラッドマジックの要領で胸に魔力を流し……」
ふむふむ。やり方は間違っていないし、これで死人はでていない……。
「あの、これで怪我した人とかもいませんよね」
「知らん。そんな下らん魔術に精を出す奴は私の周りにはいなかったからな」
セラフィーネさんがちょっと不機嫌そうだ。まあ、変装のブラッドマジックを教わりに来て、豊胸術を試そうとしたらそうなるか。
「ええっと。一応用心して……」
胸がパーンッと破裂したら、怖いのでちょろちょろと魔力を流す。
「むむっ……!」
おや! 私の胸の様子が……!
「おおっ!?」
むくむくと胸が膨らんでいき、まるでなかった胸に僅かながら谷間が!
「おー! 胸が! 胸が膨らみましたよ、セラフィーネさん!」
「ああ。良かったな。で、変装のブラッドマジックはいいのか?」
「あっ。それもお願いします」
私は胸を膨らませるために魔女協会に来たのではない。変装のために来たのだ。
けど、いいなー。これってDカップぐらいありそう。
「いやあ。しかし、これだけ胸が大きいと肩が凝りますな! 凝りますな!」
「元に戻れん位にでかくしてやろうか?」
「ごめんなさい」
誰かに自慢したいけど、これってロストマジックなんだよね。
……豊胸魔術が何故ロストマジックになったんだ?
ロストマジックは謎が多いな……。
「それで、変装の魔術は……」
「これだ、小娘」
私が再び本棚を漁るのに、セラフィーネさんがトンと私の頭を本で叩いた。
「“ブラッドマジックを用いた外見的特徴の変化についての研究”、と。おお。それっぽいですねっ!」
「それっぽいではなく、それだ」
私の言葉にセラフィーネさんが呆れ気味にそう告げる。
「でも、こうコロコロと場面に合わせて変装できるものなんでしょうか? 固定されちゃうとそれはそれで困るんですけど」
「そのブラッドマジックは可逆的な変化だ。骨格から変えるような高度なものではなく、瞳の色を変えたり、髪の色を変えたり、そばかすを作ったりするものに過ぎん。本格的に整形をすると尋常じゃなく痛むぞ」
「……これでいいです」
この馬鹿目立ちする赤毛さえ隠せれば、それだけで効果はあるってもんだ。
「なら、教えてやる。まずはどこを変えたい?」
「髪の色を黒髪に!」
赤毛もいいけど、黒髪もいいものだよねー。
「まずは髪に魔力を集中させろ。それから──」
「──ふむふむ。こんな感じですね」
髪の色を変える程度の魔術は簡単で、あっという間に私の赤毛は黒髪になった。
「できた! では、今度はプラチナブロンドにしてみたいんですけど!」
「同じ要領だ。魔力を込めて、色素を再現し、定着させる」
やっほー! 憧れのプラチナブロンドだぜっ!
はあ。銀髪みたいでマジで格好いいです。最高。
「元に戻すときは?」
「ブラッドマジックを解除すればいい。魔力を注ぐのをやめれば元通りだ」
なるほど。確かに可逆的な変化だ。
よーし! これでこれからはミーネ君たちに顔が割れることなく、冒険者生活が送れるってわけですよっ!
「まあ、気をつけて使えよ。それはロストマジックだ。一般的な魔術ではない。たとえそれが有害なものでなくともな。ばれれば目を付けられるぞ。ローゼンクロイツ協会の面倒な連中からな」
「ローゼンクロイツ協会?」
聞いたことがない組織だ。どんな組織何だろう。
「昔から魔術師を危険物扱いしてきた連中と言えば分かるだろう。私のような魔女は連中の監視対象になる。ああいう面倒な手合いには関わり合いにならないのが一番いい」
危険な魔術を監視する組織なのかな?
だとすると、私は既に目を付けられていそうな予感が……。
「安心しろ。ローゼンクロイツ協会も手伝い魔術師の監視まではカバーしていない。大人しく冒険者をやっている限りでは問題はないはずだ。恐らくな」
「そうだといいですねー……」
私はどうにも嫌な予感がするのだが。
「それにしても戦争の歯車は軋みを上げて回り続け、鉄と炎の時代は間もなくだぞ。お前の魔術を試すいい機会ではないか? 戦争には参加するのだろう?」
「いやあ。参加して実戦データが取りたいのは山々なんですけど、両親が許してくれないのが目に見えていて」
「そういうときのための愛国心、だろう。愛国心を盾にすれば、戦争のひとつやふたつは参加できる。お前ほどの魔女がどれくらいの人間を殺せるのか。実に楽しみじゃないか。なあ、竜殺しの魔女?」
セラフィーネさんがそう囁くが、私が戦争に参加するのは難しいだろう。
だが、それは現状では、だ! 戦争が不利になれば学徒出陣もあり得る!
私が思う存分火砲と銃火器を振り回せる環境が来ますようにっ!
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