悪役令嬢と研究報告
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──悪役令嬢と研究報告
今年も間もなく始業式を迎えて、晴れて私も高等部2年になる。
これから夏まで1学期を過ごしたらシレジア戦争だ。もう戦争は誰にも止められそうにないし、これはもう開戦間違いなしですわ。
高等部の学生の動員もほぼ確定で、私たちも戦地に向かうことになるだろう。まあ、ごねれば回避できそうだが、もしかするとプルーセン帝国が戦争に負けてしまうかもしれないので、ここは私も参戦しておくのだ。
それと関係するのだが、戦争が迫るのに私は魔女協会本部に顔を出しておいた。戦争で使えそうなロストマジックを探すためである。生存確率は上げておいて損はしないものなので。
「戦争で使えるロストマジック?」
「はい。戦争が起きそうなので」
私がセラフィーネさんに尋ねるのに、セラフィーネさんが首を傾げた。
「そうか。それで何桁ぐらい殺るつもりだ? 10万? 100万? 1000万?」
「い、いや、殺す数を競うつもりはないので……」
1000万とかひとりで殺したら、もはや人類種の天敵だよ。
「つまらんな。戦争なんて結局は多く殺した方の勝ちだ。とにかく殺せば生き残れるし、勝利できる。そして、殺すなら派手にやらないとな。私の知るブラッドマジックには大量虐殺が可能なものが多くある。知る勇気はあるか?」
「ないです……」
あのエンゲルハルト家の呪殺まで知ってるセラフィーネさんならば、確かに何千万と殺せる方法を知っているだろうが、私はそこまでする必要はないかなって思うのです。
「そうか? 来たるべき母国との戦いにおいても優位に立てるぞ?」
「!?」
な、何故私が帝国内戦に備えているのをセラフィーネさんは知っているのだ!?
「そう驚いた顔をするな。シレジアがきな臭くなる前からの武装の準備。高級貴族たちとのコネクション作り。そして、極めつけは帝国の手出しできない第三国への大量の送金。何か企んでいると思われても仕方あるまい?」
「う、うわあ……。滅茶苦茶調べられている」
「まあ、ロストマジックを託すわけだからな。この程度のことは調べはする」
バレバレじゃないですか。これは国にもひょっとして知れているのだろうか。
「安心しろ。ここまでの調査能力があるのは我々ぐらいのものだ。我々はいろいろと敵が多い都合上、この手の調査能力が必要とされるのだ。ローゼンクロイツ協会も油断なく、我々を探しているだろうからな」
「そのローゼンクロイツ協会って本当に存在するんです? ちょっと調べてみたんですけど、どこにもそんな組織の名前は出てこなくて」
ローゼンクロイツ協会。セラフィーネさんが言うには魔術師を危険視する団体のようだが、具体的な組織は不明だ。国が管轄する組織なのか、それとも世界的に暗躍している団体なのか。
「実在する。面倒な奴らだ。様々な国の国家権力に入り込み、魔術師たちを監視している。奴らは魔術を可能性ではなく、脅威だと見做す文明的敗北主義者の集まりだ。我々も既に何度も奴らと交戦している。可能性を守るために、な」
う、うーん。そっちも秘密結社っぽいな。
「外でロストマジックを使う時には気をつけろ。奴らが感づくぞ」
「感づかれるとどうなるんです?」
「面倒なことになる」
何それ怖い。
「しかし、戦争に使えるロストマジックと言えばあることにはあるが、その前にお前の研究成果を見せて貰いたいな。炎竜をひとりで討伐したときの術や山賊たちを片付けたときの術を見せて貰っていない」
「ああ。戦闘適合化措置ですね。いいですよ。それなら披露します」
知識は共有しなければならないな。私も魔女協会からは多くのものを得ているので、たまにはお返ししなければなるまい。
「戦闘適合化措置は体感時間の遅延と身体能力のブースト、そして良心の抑制をメインにした魔術です。アドレナリンの分泌で心拍数を上げることで体感時間を遅延させ、神経系の強化で反射神経を上げ、かつ人間を殺しても罪悪感を抱くことがないように、脳における良心を司るモジュールを停止させるのです」
これは私が開発したオリジナルの魔術。便利な魔術だ。
「実際に実行してみろ。モニターする」
「アイ、マム!」
セラフィーネさんが私の手を握るのに、私は第3種戦闘最適化措置を実行してみる。
ささ、どうです? 驚きました?
「ふむ。体感時間と反射神経の増幅は基礎的だな。だが、良心の抑制というのは面白い。これは大量虐殺者を生み出せる技術だ。適当にばら撒いてみて、街がどうなるか試してみたいな」
「やめてください」
みんなが良心をなくした世界とか恐ろしすぎるよ。
「しかし、この反射神経の強化にはまだまだ改良点があるぞ。脊髄での反射に変えれば、もっと速く動ける。もっとも、その分精度は些か低下するがな。まあ、身を守るには十分だろうさ」
「脊髄反射ですか。それもありましたね」
確かに脳から指令を待つより脊髄反射で動いた方が速い。まあ、脊髄反射というぐらいだから、精度はいまいちになるだろうけれど。
「それからこの良心の抑制も改善点があるぞ。抑制するのを良心だけではなく、恐怖も抑制すればいい。そうすれば戦争で恐れることがない兵士の出来上がりだ。お前の着眼点は実にいいな。そそられる」
ああ。恐怖も抑制した方がいいのか。私って武器を握るとテンション上がって恐怖とか感じなくなるけど、人が必死になって人を殺しに来る戦場では、それも抑制した方がいいのかもしれない。
「まあ、以上が私の開発した魔術です。どうです?」
「ああ。悪くないな。ブラッドマジックはセラフィーネの管轄だが、あたしにも多少なりと知識はある。その魔術の有効性は確かなものだ。誇っていい」
ヴァレンティーネさんがけだるげに頷いて見せた。
「戦闘での恐怖をなくすならいい薬がありますよ。戦闘に集中させ、他のことは考えなくなる薬です。もちろん、これの効果もブラッドマジックで再現可能ですが。だが、ブラッドマジックを使うよりすぐに使えるのが利点ですね」
カミラさんがそう告げる。
錬金術でも恐怖心はなくせるのか。だが、それはそれでいろいろと危ないお薬なのではないだろうか……?
「恐怖心の抑制は実験してみて確かめてみます。お薬に頼ると危なそうなので」
「試してはみませんか?」
「……なら、ちょっとだけ」
結局私は誘惑に負けてしまった。このお薬の効果をモニターして分析すれば、健康に害がなく、安心して恐怖心を抑制できるかもしれないし。
「さて、お前の研究成果は見せて貰ったし、戦争に使えそうなブラッドマジックを教えてやるとするか。まずは捕虜を尋問するのに便利な苦痛を与えるブラッドマジックだ。捕虜を生かしたまま、苦痛だけを与えて情報を搾り取れる」
「わ、わー……」
いきなりドストレートで危ない魔術がやってきた。
「真っ暗にした空間の隙間に閉じ込めるのも尋問には使えるぞ。空間の隙間を極端に狭くして、身動きが取れず、光は見えず、音も聞こえない環境に放り込んでやれば、大の大人でも7日で音を上げる」
ヴァレンティーネさんのもかなり過激な拷問。
流石はロストマジックとして封印されたと納得できる邪悪さだ。半端ない。
「それから防壁だな。学園で習うような防壁では生ぬるいぞ。この本を読んでもっと防壁について学んでおけ」
そして、セラフィーネさんが一冊の本を投げ渡してきた。
「そうでした。戦場では相手もブラッドマジックを使って来るんですよね。私の防壁もアレンジしてますけど、ちょっと本を読んで勉強してみます」
いくら現代兵器で完全武装してもブラッドマジックの呪いを受けたら元も子もない。ここはちゃんと防壁についても学んでおくべきだろう。
「それから戦場の流血を利用して、感染性のブラッドマジックを振りまくという手段もあるぞ。これなら数十万は余裕で殺せる」
「後は錬金術による毒ですね。錬金術の毒はほぼ解毒不可能な上、ガス状にして振りまくことが可能です。これも大量に殺せると思いますよ」
セラフィーネさんとカミラさんが実に物騒なことを告げてくる。
「い、いえ、大丈夫です。私は自分の武器に自信があるので!」
毒ガスとか使わなくても現代兵器だけで殺すだけなら殺せるよ!
「そうですか。気が変わったらおっしゃってください。私たちにとっても戦争は絶好の魔術の試験場。効果を確かめておきたいものがいろいろとあるのです」
カミラさんがにこやかに笑ってそう告げた。
なんだかすっごく物騒である。
とはいえど、やるべきことはできた。新型防壁の開発と恐怖心を取り払うブラッドマジックの作成。これが完成するころには帝国はシレジア問題でオストライヒ帝国と開戦するだろう。
私は再びなけなしのお小遣いを使って被験者を集めて恐怖のモジュールを発見すると共に、カミラさんから貰ったお薬で脳がどう変化するかをモニターした。データは多い方がいいので可能な限り人を集めて、多大なデータを採取した。
両方とも多くの収穫が得られた。私は恐怖心を引き起こす脳のモジュールを調整し、戦場で冷静に判断が下せる準備を整えることに成功。ある程度の警戒心は必要なので、完全には抑制せず、ある程度だけ抑制することにした。
新型防壁についても攻性防壁を強化し、私に下手にブラッドマジックをかけようとしたら確実にそのままその効果が相手に跳ね返されるようになった。
これでいつ戦争が勃発しても大丈夫!
待ってろ、オストライヒ帝国! 今、帝国内戦の予行練習として八つ裂きにしてやるからな! シレジアはプルーセン帝国の領土! そして、お前たちオストライヒ帝国の連中は私の実弾演習の的だ!
フハハハッ! 今の私に怖いものなどないぞ! 無敵って気分だ!
いや、でも戦場はちょっと怖いかもしれない。
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