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こうして奇跡は世界の中心でも起こる

◇◇


 数年後――。

 6月の日本の空は、去り行く春を惜しむような爽快な晴天を覗かせることがある。

 そんな日曜日。

 ドリス・カーターは成田空港に降り立った。

 彼女を出迎えたのは親友の渋沢アキ。

 とうに70を超えている彼女だが、すごく若々しい。誇張抜きで、10年以上前に顔を合わせた時よりも肌が輝いているように、ドリスには思えた。


「ようこそ、日本へ。さぞかしお疲れでしょう?」

「ふふふ。アキの元気そうな顔を見たら、疲れなんて吹き飛んだわ」

「まあ! ドリス! あなたいつからそんなにお世辞が上手になったの? 昔のあなたときたら、口を開けば『規則、規則』って言ってたのに」

「やめてください。人は変わるから人なんですから」

「ふふ。それもそうね」


 アキの秘書たちがドリスの荷物を持ち、二人は迎えの車の方へ歩いていく。

 アキのピンと伸びた背筋を見て、ドリスを目を細めた。


「それにしても驚きました。まさかアキが海外への渡航者を支援する団体を立ち上げるなんて」

「ふふ。娘からもまったく同じことを言われたわ。そんな年になって無茶なことをするのね、って」


 ドリスの言う通り、アキは特に若い渡航者の支援団体を設立した。

 彼らが空港や滞在先で困ったことがあった時に、相談に乗れる窓口を開設するなど、精力的に働いている。日本から海外に行く人だけでなく、海外から日本を訪れた人にも支援をしていることから、アキの名は一躍世界中に轟くことになった。

 つまりアキは世界の中心にいる人物の一人となったわけだ。

 そしてアキの見た目が若々しいのは、明らかにそのおかげであった。


「アキを変えたのは誰なのかしらね?」

「ふふ。さあ……?」


 二人は黒い車に乗り込み、後部座席に並んで座った。

 アキが運転手に向かってはっきりとした口調で問いかける。


「行き先は分かっているわね?」

「はい、奥様」


 運転手の返事が正しいことを示すように、車のカーナビはドリスの滞在先である赤坂山王ホテルではなく、池袋プリンセスホテルにセットされていた。

 なぜならアキとドリスはそのホテルで行われるセレモニーに招待されているからだ。

 しばらく車が走ったところで、アキはドリスに話しかけた。


「ちょっと前にね。娘にこう聞かれたの。『母さんは幸せだったの?』って」

「アキはなんて答えたの?」

「私には分からないって答えたわ。だってあの時は、幸せってなんなのかすら分かっていなかったんだもの」


 ドリスはアキの横顔をちらりと見る。

 わずかに桃色に染まっている頬を見て、ドリスは微笑んだ。


「アキ。じゃあ、聞くわね。幸せが何か分かったのかしら?」


 アキはドリスと目を合わせた後、ニコリと笑った。


「ええ」

「だったら教えてちょうだい」


 アキは姿勢を正す。

 そしてゆっくりと、噛みしめるように答えた。


「他人の幸せに触れること。それから他人の幸せを願うこと。この2つだと思うわ」


 ドリスは首を何度か縦に振って、同意を示した。

 そして軽い調子で言った。


「じゃあ、今日はすごく幸せな気分になれそうね!」

「ええ、そうね。私はあの二人から幸せをもらってばかりだから、今度は私の方から幸せをおすそ分けしなくちゃ」


 ドリスは目を丸くした。


「まあ! それってアキが恋をするってこと!? そんなことになったら奇跡だわ!」


 アキは首をすくめてクスリと笑った。


「ふふ。もし花嫁からブーケを受け取ることができたなら、まだ分からないわよ」


 それを聞いた直後、ドリスはアキがジョークを言っているものだと思った。

 しかしまるで少女のように可憐な笑みを浮かべている彼女を見れば、あながち冗談でもなさそうだ。


 池袋プリンセスホテルに到着した。

 車を降りたアキは、今頃ホテルの控室にいる二人の幸せに想いを馳せながら、突き抜けるような青空に向かって言った。



「おめでとう。雄太さん、加奈さん。あなたたちに出会えた奇跡に感謝してるわ」



 と――。


(了)




 







最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました。


読者の皆様の支えがあったからこそ本作を最後まで書くことができました。

そして本作を愛していただいたことに感謝を申し上げます。


皆様にも幸せな奇跡が訪れることを切にお祈りして、締めくくりの挨拶にかえさせていただきます。


これからも読者様の心に届く物語をつづってまいりたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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