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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第四章 小さな奇跡を起こす二人
25/43

教室の片隅はひだまりのように

◇◇


 夏休みはあっという間に過ぎていった。

 ……というよりも単に忙しかっただけかもしれない。

 

 再来年の大学受験に向けて塾の夏季講習を受けたり、夏休みの短期バイトで汗を流したり、母さんと父さんの実家に顔を出したり……。

 

 もちろん忙しいのは俺だけではなく加奈も同じだ。

 加奈の場合は母親の夏季休暇と出張に合わせて、来年の春から過ごすアメリカのシアトルという場所に、下見をかねて旅行へ行ってしまったのだ。

 しかも2週間も。

 その間、加奈は現地の語学スクールに入って英会話を学ぶらしい。

 

――だったら会えなくなる日まで、たくさんの思い出を作ろう。


 そう二回目のデートで誓ったものの、鎌倉の海へ行ったっきり、その後は一度も会っていない。

 二人の関係は、もっぱらKINEでのやり取りだけだ。

 しかもシアトルと日本では時差があるから、メッセージを送ってもすぐには『既読』にならないし、会話らしい会話はできた試しがない。

 だからおのずとメッセージを送る回数も減っていった。

 

「はあ……。こんなことじゃ、来年の今頃は……」


 考えたくもない悪い予感が胸をよぎる。

 ベッドの上で仰向けになっていた俺は枕を自分の顔に押し付けた。

 

「ううーっ!!」


 言葉にならない鬱憤を叫び声に変えて外に出す。

 そうやっていくらかすっきりしたところで、枕を両手で高くかかげながらつぶやいた。

 

「負けるものか」


 しかし何か変化がないと、俺と加奈は思い出を作ることができない。

 焦りばかりが募る中、夏休みは終わり、新学期を迎えることになった。


 だがそんな俺たち二人の思い出作りに大きな変化が訪れることになろうとは……。


 この時の俺には想像もつかなかったんだ――。

 

………

……


 新学期が始まった。

 まだセミが激しく鳴いているし、ドアを開けたとたんにムワッと熱波が顔を襲ってくるから、夏休みの感覚は抜けきれない。

 それでも教室の片隅で静かにたたずむ加奈が目に入ったところで、「学校が始まったんだ」という実感はわいてきた。

 

「おはよう! 加奈!」

「おはよう、雄太くん」


 クラスのみんなには俺たちのことが知られている。

 だから堂々と挨拶ができるのは嬉しいことだ。

 すると春奈が俺に続いた。

 

「おはよう! 加奈ちゃん!」

「おはよう、遠山さん」


 そして彼女だけではなく、数人の女子も加奈に挨拶したのを見た時はちょっと驚いた。

 はにかんだ笑みを浮かべる加奈を見て、自分のことのように嬉しくなる。

 きっとクラスのみんなと一緒に海へ遊びにいったのが功を奏したんだろうな。

 いつも一人ぼっちで寂しそうだったから、本当に良かったと心から思う。

 そうして席についたところでチャイムが鳴り響いた。

 

――ガラガラッ!


 勢いよく開けられたドアの向こうから、プリプリとお尻を振りながらやってきたのはマリア先生だった。

 

「マリアちゃん!?」


 恭一が素っ頓狂な声をあげると、マリア先生はびしっと指を差した。

 

「舟木! 担任の先生に向かって『ちゃん』づけはないだろう!」


「はあ? 担任の先生だあ!?」


「うむ。聞いてなかったか。元の担任である山下先生は今日から産休に入った。そこで副担任の私が代わりを務めることになったのだ。……本来ならば私の方が先に産休に入る予定だったはずなのに、どうしてこうなった! 世の中理不尽だと思わんかね!? しかし考えようによってはこれはチャンスかもしれん。なぜなら山下先生の前に2年3組の担任だった高井先生も婚活に成功してゴールインしたばかりではないか。つまりこのクラスの担任になれば幸せになれるというジンクスがあるということ。諦めるな、私! 幸せはもう目の前だ!」


「はあ……。とりあえず『起立、礼』していいっすか?」


「うむ! 許す!」


 一斉にみんなが起立して、頭を下げる。そして席に着いたのを見計らって先生は大きな声で言った。

 

「では今日から2学期だ! みんな気合い入れていけよ!」

「気合いって言われてもな……」


 恭一が首をすくめると、マリア先生は顔を真っ赤にして怒声を飛ばした。

 

「舟木!! おまえは2学期がいかに重要か、まったく分かっていないんだな!!」

「はあ……。全然分からないっす」

「仕方ない……。ならば教えてやろう」


 高校二年生の2学期はそんなに大切なのか?

 確かに進路相談も予定されているし、これからの人生を占う上で重要な時期なのかもしれない。

 いずれにしても人生の大先輩でもある先生の助言だ。

 絶対にためになるに違いない。

 

 俺はマリア先生の言葉をドキドキしながら待った。

 クラスのみんなも固唾を飲んで見守っている。

 

 そんな中、マリア先生は拳を固めながら熱弁をふるった。

 

 

「2学期の終わりにはクリスマスがあるじゃないか!! クリスマスをカップルで過ごすか、一人で過ごすか……。人生においてこれほど重要なことはない! 今年こそはみんなで幸せをつかもうではないか!!」



 やはりマリア先生に期待した俺がバカだった。

 みんなも肩をガクリと落としている。

 しかし先生はケロッとした顔で話題を変えた。

 

「そうだ! そういえば担任になったら一度はやってみたかったイベントがあったんだ!」


 どうせくだらないことなんだろうな、高を括る俺。

 しかし、そんな俺が数分後にはマリア先生に感謝することになる。

 

 

「今から席替えをする!! みんなぁ! くじを引けぇぇ!!」



 そして『まさか……そんなことあるわけないよな』と、半分くらい冗談で、半分くらい本気で願っていたことが、本当に実現することになるなんて――。

 

「ゆ、雄太くん。よ、よろしくね」

「お、おう。こ、こちらこそよろしく」


 加奈の席は前と同じく教室の片隅。

 なんとその隣の席に俺が座ることになったのだ!


 もう天にも昇る気分だった。

 嬉しい! 嬉しすぎる!!

 

 そしてこの幸運こそが俺と加奈の思い出作りに大きな変化をもたらしてくれたわけだ。


 そのきっかけは、新学期が始まってから数日たったある日のこと。

 加奈の『物持ちのよさ』に俺が気づいたことだった。


「ずいぶん小さな消しゴムだな」


 小指の先くらいに小さな消しゴムを見れば、俺でなくても目を丸くするだろう。

 加奈は恥ずかしそうに「そ、そうかな?」と頭をかいている。

 

「ペンケースも古そうだけど、いつから使ってるの?」

「……小学2年の時からだから……」

「10年!? まじか!」


 無地のシンプルなデザインだから古臭くは見えないが、それでも10年も使っているとはビックリだ。


 でもよく見ればあちこちに穴が空いている。

 もういい加減換えた方がいいだろう。

 だったら一緒に文具店に行って選んであげよう!

 何なら夏のバイト代を使ってプレゼントしたっていい!


 でももし誰かに聞かれたら、また恥ずかしいことになる。


 どうしよう……。

 そう思って何気なく自分のペンケースの隣を見た時に、一つのアイデアが浮かんだのである。


 それはメモ紙を使って伝えることだった。

 俺はメモ帳にすらすらとメッセージを書くと、びりっと破ってそれを加奈へ渡した。

 

「……っ!」


 メモを目にした加奈は顔をリンゴのように赤くしている。

 そして俺の渡したメモ紙にシャーペンを走らせ、俺のペンケースの下にさっと差し込んだ。

 

『放課後、一緒に川越のロフトに行こう』

『うん』


 俺は小さくガッツポーズして、すぐにメモ紙をカバンの中に押し込んだ。

 

 これが俺たちの間で加わった変化。

 つまり俺たちは何かあるたびにメモを使って会話するようになったんだ。

 

『今日、雄太くんにお弁当作ってきたの』

『ありがとう! じゃあ昼休みに屋上で食べよう』


『雨降りそうだね。傘持ってきた?』

『うん。でも加奈と一緒の傘に入りたい』

『私も。途中まで一緒に帰ろうね』


『明日の小テスト。自信ないな』

『一緒に勉強する?』

『うん、じゃあ放課後に図書館で!』


 もちろんいいことばかりじゃない。

 

『雄太くんなんて嫌い』

『そんなに怒るなよ。今週は急に用事ができたから来週にデートをずらしただけだろ』

『楽しみにしてたのに』


『加奈なんて嫌いだ』

『だってクラスの友達に頼まれたら断れないもの』

『俺だって加奈から英会話を教えて欲しかったのに』


 一方でこんなやり取りもある。

 

『お弁当作ってくれてありがとう』

『どういたしまして』

『加奈、好きだよ』

『私も雄太くんが好き』


『雄太くん。昨日は楽しかったね』

『うん。あっという間に時間がたっちゃったな』

『ずっと一緒にいたかった』

『俺も加奈とずっと一緒にいたかった』



 こうして教室の片隅はひだまりのような温もりにあふれ、俺と加奈はメモ紙を通じて思い出を作っていったんだ。

 そしてこれらのメモは大事に取っておいた。

 

――メッセージならKINEでやり取りできるし、保存もできるじゃん。

 

 恭一が知れば、そう言うに違いない。

 

 でもスマホの文字じゃなくて、加奈の手で書かれた字に意味があるように思えた。

 上手くは言えないけど、字の中に加奈が生きている、そんな風に感じていたのだった。

 



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