お、俺の彼女なんです! だからやめてください!!
………
……
待ち合わせの池袋駅から、海のある鎌倉駅までは電車でおよそ1時間の道のりだ。
10人の男子高校生が一つの車両に乗り込めば、騒々しいのは火を見るよりも明らかだが、そんな中にあって、俺はドアのそばに立ってスマホの画面に目をこらしていた。
『おはよう。加奈』
『おはよう。雄太くん』
加奈とメッセージをやり取りする。
この頃の俺と加奈はようやくKINEでも自然に会話ができるようになってきたんだ。
『春奈とは合流できた?』
『うん。もうすぐ横浜。乗り換えみたい』
加奈のメッセージから固さが感じられる。
『そうか。大丈夫?』
『うん。平気』
あまり平気ではないことは、短すぎる文面からしても明らかだ。
『なにかあったらすぐにメッセージするんだぞ。あと春奈を頼れば大丈夫だから』
『うん。ありがと。雄太くんも恭一くんと楽しんできてね』
ちなみに俺は恭一たちと別の海へ行くことになっている。
恭一いわく、海の家で偶然を装って合流する作戦なんだそうだ。
それまでは遠くから女子たちの水着姿を堪能するらしい……。
もちろん俺は女子の水着姿なんて興味ない。
ただ加奈が心配で心配でならないだけだ。
でも俺が近くにいると知ったら、彼女は他の女子たちと楽しむことができないだろう。
だから恭一の話に乗ったんだ。
仕方ないとはいえ、加奈にウソをついてしまったことに胸がチクリと痛んだ。
『加奈に何かあったら飛んでいくから』
『うん。マリア先生もいるし、大丈夫だよ』
アラサー肉食女子のマリア先生が一緒にいるのは初耳だが、安心材料かもしれない。
なぜなら大人がいれば変なことには巻き込まれにくいからだ。
たとえばチャラい男にナンパされたり……。
「ぐっ……。心配すぎる」
できるなら今すぐにでも飛んでいって、女子たちがいる電車に乗り込みたい。
しかしそんなことできるはずない。
俺は悶々としたものを抱えながら、電車に揺られていたのだった。
………
……
鎌倉駅を出てから歩いて約15分。
「海だぁぁぁ!! やっほーい!!」
由比ヶ浜海水浴場に到着した。
天気が快晴ということもあって、ビーチは人であふれている。
しかし恭一に言わせれば、人が多い方がバレずにすむからいいのだそうだ。
「みんなぁ! 行くぞぉぉ!!」
「おおおっ!!」
恭一の号令に合わせて数人の男子が海に飛び込んでいく。
そして子どものようにはしゃぎだした。
真っ青な海を目の前にして、本来の目的なんてすっかり忘れてしまったようだ。
……と、その時。
「いたぞ! あそこだ!」
誰かの声がした瞬間に俺ははっと顔を向けた。
するとそこには春奈を中心として数人の女子たちが目に入ってきたのだ。
俺はすぐさま加奈を探す。
しかしオレンジ色の水着がまぶしい春奈と、白のフリフリがついた水着を着たマリア先生ばかりが目立って、加奈がなかなか見つからない。
無意識のうちに彼女たちに一歩、二歩と近寄っていった。
「おいおい、雄太! 近づきすぎだって! 見つかったらどうするんだよ!」
いつの間にか海から上がった恭一に羽交い締めにされ、足が止まる。
仕方ないから、瞳だけを左右に動かして懸命に加奈を探した。
そしてついに、
「いた!!」
加奈を見つけた!
開放的なビーチに似合わないブラウンのワンピースを着ている。
さらに目深に麦わら帽子をかぶっており、わずかに覗いた三つ編が見えなければ、確実に加奈だと分からなかっただろう。
キャッキャッとはしゃいでいる女子たちの隅っこで、一人でせっせとテントを張っている。
「あいつら……。加奈を手伝ってやれよな」
すると俺の声が聞こえたかのように、春奈が加奈に近寄っていった。
そして春奈の周囲にいた女子たちとともに、加奈を手伝い始めたのだ。
加奈の顔に穏やかな笑みがこぼれる。
「よかった」
俺は思わず安どの声をもらした。
だが恭一は納得がいかないようだ。
「なんだよ、なんだよ! 春奈とマリアちゃん以外はガードの固い水着にしやがって! 加奈ちゃんにいたっては水着というよりも服じゃねえか! 面白くねえな」
「おまえ……。まさか加奈の水着姿にも期待してたのか?」
「ははは。冗談だって! そんな怖い顔するなよぉ」
とても冗談には思えない。
冷ややかな目を向けた俺に、恭一は嫌らしい口調で言った。
「でも雄太だって残念なんだろ? 加奈ちゃんの水着が見られなくて」
「なっ……! なにを言うんだ!?」
「イヒヒ。隠さなくたっていいんだぜ。まともな男なら彼女の水着姿を見てみたいはずだもんなぁ」
……まあ、ぶっちゃけて言えば、ちょっぴり残念ではある。
でもそんなことより、俺は心配だったんだ。
いつも教室の隅で一人だった加奈が、クラスメイトたちと仲良くできるかなって。
だがそれは心配しすぎだったようだ。
テントやパラソルを張り終えてからも、加奈は春奈たちと楽しそうにしている。
たったそれだけで、今日ここに来てよかったと思えたのだった。
だが、このままハッピーエンドで終わるはずがなかったんだ。
まさかあんなことが起こるだなんて……。
………
……
それは海水浴場に着いてから1時間後のことだった。
「おいおい。あれナンパじゃない?」
その言葉に弾かれるように俺は女子たちの拠点の方へ目を移す。
春奈たちは海へ行っており、パラソルの下にいるのは加奈とマリア先生の二人だけだ。
その目の前に真っ黒に日焼けした二人組の青年が立っているではないか!
グワンと脳を揺らされたようにめまいを覚える。
「ナンパだ。おい、舟木を呼んでこようぜ。ナンパされてるマリアちゃんなんて面白すぎだろ!」
クラスメイトたちの関心はマリア先生に向けられているようだが、当然俺の眼中にはない。
あるのは加奈だけだ。
「加奈……」
遠くからでも彼女の顔が引きつっているのがよく分かる。
もう居ても立っても居られなかった。
「加奈!!」
「おい! 田中! やめろ!!」
俺は目いっぱい砂浜を蹴って駆け出した。
人混みなんて関係ない。
弾丸のように一直線に加奈のいる方へ突き進んでいく。
加奈を助けなきゃ!
その一心だった。
そうしてかなり近づいたところで俺は大きな声をあげた。
「や、やめてください!!」
背を向けていた青年たちが目を丸くして俺の方を見る。
「田中……か?」
「雄太くん?」
マリア先生と加奈も突然現れた俺を凝視した。
集まる視線に臆病な自分が顔を覗かせる。
しかしそんな自分を追い出すように、俺はメガネを外した。
そしてありったけの勇気と声を振り絞ったのだった。
「お、俺の彼女なんです! だからやめてください!!」
周囲が静寂に包まれる。
ぼやけた視界では誰がどんな表情をしているのか分からない。
もし相手から言いがかりをつけられたらどうしよう……。
いや、何を言われたって一歩も引くものか!
二人の青年が俺に近づいてくる気配が感じられる。
俺はぐっと目を閉じて、腹に力をこめた。
俺が加奈を助けるんだ!!
という不退転の覚悟を決めて――。
だが……。
「ありがとう!! 助かったよ!」
青年の口から飛び出したのは、意外なことに安どの声だった。
「はっ?」
目を見開いて、青年たちに顔を向ける。
詳しい表情は分からないが、それでも爽やかな笑顔を浮かべていることだけは理解できた。
「いやあ、こちらのお姉さんに声をかけられちゃってさ。どうしようか困ってたところだったんだ」
「はあ……」
「君がきてくれなかったら、俺たちやばかったかも。本当にありがとう!」
「……いえ、どういたしまして」
「じゃあね! 彼女さんと楽しむんだぜ! ははは!!」
つまり俺は大きな勘違いしていたというわけだ。
青年たちがマリア先生と加奈をナンパしていたのではない。
マリア先生が青年たちをナンパしていたのだ……。
俺は急いでメガネをかけた。
加奈が麦わら帽子で顔を隠している。
そして春奈や恭一をはじめとして、クラスのみんなが俺の周囲を取り囲んでいた……。
「あの……。これは違うっていうか……」
必死に弁解の仕方を考える。
しかし何も浮かばない……。
そんな中、声をあげたのはマリア先生だった。
「田中! 私は感動したぞ!!」
この気まずい空気を先生ならなんとかしてくれるはずだ!
俺は一縷の望みを託して、彼女に潤んだ瞳を向けた。
だが、期待した俺がバカだった。
「私のことが好きなら、先に言ってくれればいいのにぃ。ふふふ。教師と生徒の禁断の愛っ! 最高じゃないか! いいぞ! 田中! 私の胸に飛び込んできなさい!」
マリア先生が、さながら獲物をとらえた猛獣のように抱きついてくる。
命の危機を感じた俺は必死に避けながら声をあげた。
「違います!! 俺の彼女は加奈ですから!!」
こうしてクラスのみんなにも、俺と加奈が付き合っていることが知れてしまったのだった……。
まことに恐れ入りますが、下記の変更を加えました。
・タイトルを変更しました
・プロローグを追加しました
申し訳ないのですが、第一話にプロローグを追加してございますので、こちらもお読みいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




