「ヴィー様は本当に心配性なんだから」
ヴィダディ妊娠発覚時
「ヴィー様、おはようございます」
「おはよう、マドロール」
マドロールとヴィツィオは、朝、いつものように挨拶を交わす。
マドロールが笑いかければヴィツィオも笑みを浮かべ、その表情を見ているだけでマドロールはどうしようもないほど幸せな気持ちでいっぱいである。
そもそもの話、『暴君皇帝』であるヴィツィオが挨拶をする人間というのは基本的にいない。マドロール以外にはヴィツィオは「おはよう」の言葉さえもかけないだろう。
(ヴィー様って、私のことを本当に特別に思ってくださっているのよね。本当にそのことが嬉しくてたまらない! 現実のヴィー様だからこそ、色んな表情が見れて本当に最高)
マドロール自身も自分がヴィツィオに特別扱いされていることは自覚しているので、そのことが余計に幸せだった。
ともに朝食をとり、それぞれやるべきことを進めながら過ごしていく。
――それがヴィツィオとマドロールの日常なのだが、その日はいつもと違うことが起こった。
というより、マドロールの体調が少しおかしかったのである。
「マドロール、どうした?」
「ヴィー様は本当に私のことをよく見てくださってますね! えっとですねぇ、なんだかちょっとだけ変な感じというか、少し気持ち悪さがあるっていうか、ちょっと風邪ひいたのかもしれないです! 気をつけていたのですけど……」
マドロールのことをそれはもうよく見ているヴィツィオは、その少しの変化にすぐ気づいてしまう。他人への興味が基本的にないヴィツィオだが、本当にマドロール相手だと別人のようによく見ている。
「医者を呼べ」
「ヴィー様、ちょっと気持ち悪いかもってだけだから眠ったら治るかなーって思うんですけど。ヴィー様は本当に心配性なんだから」
「大人しく医者に診られろ」
「はい! ヴィー様の仰せのままに!」
ヴィツィオの命令口調の言葉に、マドロールは元気よく答えた。
「マドロール、寝てろ」
「はい。でも今日すすめたかったことはどうしましょう?」
「俺が代わりにやっておく」
「ありがとうございます。ヴィー様が代わりに対応してくださるのならば、安心ですね。私、医者の方が来るまでゆっくり横になってます」
「ああ」
マドロールとしてみれば、少しだけ調子がおかしいというだけだった。それ以外は普通だったのだが、推しであるヴィツィオから休むように言われたので大人しく休むことにする。
「マドロール様、早く体調を治してくださいね」
「マドロール様に何かあると陛下が大変ですから」
侍女たちにそういう言葉をかけられながら、マドロールはベッドに寝転がっている。
少しだけ調子がおかしいけれど不思議と眠いわけではないので、マドロールは寝転がりながら本に目を通している。
時間があるときに読もうと思っていた小説である。
「ふふっ、ヴィー様は私のことを本当に心配してくださっているものね」
「そうですよ。今日の陛下はマドロール様を心配して仕方がないのか、いつもよりちょっと怖いです」
「まぁ、そうなのね」
侍女たちの言うようにマドロールの調子が悪いことで、ヴィツィオは機嫌が悪かった。心配で仕方がないのか、いつもよりも冷たい雰囲気を身に纏っており、近寄りがたさが倍増している。
……その状態でヴィツィオはマドロールの代わりに商人と会っている。商人側は皇帝に対応されるという事態にそれはもう挙動不審になっていること間違いなしである。
マドロールはヴィツィオがそんな風になることが嬉しくて仕方がないので、嬉しそうに笑っている。
「ヴィー様が心配してくれるのは嬉しいけれど、ヴィー様には笑っていて欲しいから早く体調を治さないとね」
マドロールはヴィツィオの笑っている顔が好きだ。
もちろん、ヴィツィオがどんな表情をしていようともすべてが愛おしいけれども、それでも元気にならなければと思うのだった。
――そしてそれから少しして、医者がやってくる。
皇室付きの医者はそれはもうすぐにやってきた。皇帝であるヴィツィオの命令なので、その女性がすぐに来るのは当然だった。ちなみにマドロールを診る医者は全員女医で統一されている。……女性の医者の数は少ないが、これはヴィツィオがマドロールに男性を近づけたくないためそうなっている。
「マドロール様は――」
その医者から告げられた言葉に、マドロールは驚くと同時に嬉しそうに笑った。
「早くヴィー様に伝えないとね。ちょっとヴィー様のこと、呼んできてもらえる?」
「はい。かしこまりました」
すぐにマドロールは侍女にヴィツィオを呼ぶように指示を出す。
ヴィツィオは忙しいだろうに、マドロールを心配しているからかそれはもうすぐにやってきた。
「マドロール」
呼んだらすぐに来てくれるヴィツィオに、マドロールは嬉しそうに笑った。
「ヴィー様、来てくださりありがとうございます!」
「マドロールが呼んだなら来るのは当然だろ。それで、医者はなんていっていた?」
「ふふっ、ヴィー様、聞いてください! なんとですね! 私、妊娠しているみたいです!」
そう、マドロールがどこか調子がおかしかったのは、他でもないヴィツィオの子を妊娠していたからだった。
ヴィツィオはその言葉に驚いた顔をする。
「ふふっ、ヴィー様、驚いた顔してる。ヴィー様のそんな表情、凄く珍しいですね!! ヴィー様と私の子供がいるんですよ。私は凄く嬉しいですけど、ヴィー様も喜んでくださりますか?」
「ああ」
「ヴィー様も喜んでくれるなんて嬉しい! そういうわけで病気とかではないので、皇妃としての業務はちゃんとしますね!」
「無茶をするな。全部休んでもいい」
「もー、ヴィー様ってばじっとしすぎるのも身体に悪いですからね? 私のことを甘やかしてくれるのは嬉しいですけど、無理せずちゃんとしますから! でも本当に駄目な時はヴィー様に頼むので、その時はお願いしてもいいですか?」
「ああ」
マドロールの言葉に、ヴィツィオは笑って頷いた。
そうしてマドロールの妊娠は、ヴィツィオの過保護を加速させるのであった。




