「あれが出来るからこそマドロール様なのよね」
聖なる乙女と聖獣の少しあとぐらいの侍女たちの会話です。
「今日もマドロール様がとっても可愛かったわ!」
「あら、マドロール様はいつも可愛いわよ。私も陛下に嬉しそうに話しかけているマドロール様を見て、ほのぼのしたわ!」
そこは皇帝や皇妃付きの侍女たちの寝泊まりするエリアである。住み込みで城で働いている彼女たちは楽しそうに会話を交わしている。
皇帝や皇妃付きの侍女というのは、エリートである。皇族たちの身の回りの世話をする彼女たちの話題は皇帝夫妻のことが多い。
間近で皇帝夫妻の日常をいつも見ている彼女たちは、その様子に大変幸せな気持ちをおすそ分けされていた。
というのも、ひたすらに彼らは幸せそうであるから。
「マドロール様は本当に陛下と一緒にいるだけで幸せそうよね。今日見たのは、マドロール様が陛下におねだりしている様子だったのだけど……、その様子も可愛かったですし、陛下の昔のこと知りたいから人を呼びたいなんて言ってて、本当にマドロール様は陛下のことを愛していらっしゃるのだなぁって」
「マドロール様のお願いは本当に可愛いわよね。私も見たことがあるけれど、あんな風に頼まれたらころりっといってしまうわよね」
楽しそうに会話を交わす侍女二人。
ちなみにこういう内部情報は外に出すことは許されないので、侍女たちは侍女たち内でその情報を共有して楽しんでいた。
皇帝夫妻に仕える侍女たちは基本的に皇帝夫妻の幸せな様子を見ることが好きである。
それに元々マドロールは誰でもいいと選ばれた皇妃だった。それなのにこうして『暴君皇帝』の元へ嫁いだ後、溺愛されているなんて素敵な話で侍女たちにとっては憧れとときめきを感じるものである。
「マドロール様って見た目も可愛いけれど、中身が一番可愛いわよねぇ。なんだろう陛下を見つけるとこう、表情がころりと変わるというか。あんな風に嬉しそうに近づいてこられたら陛下がほだされるのも仕方がないわって思うもの。というか、どんな男でもあんな風に近寄られて『大好きです』なんてまっすぐ言われたら……ときめくに決まっていると思うわ」
「そうよね。同性の私の目から見ても可愛いもの。それでいてマドロール様ってこう可愛いだけじゃないのよね。陛下って正直、どれだけかっこよくても怖い面を持ち合わせていて……、凄く近寄りがたい感じじゃない?」
「ええ……。陛下は恐ろしいわ。怒らせなければ問題ないのは分かっているけれど……、簡単に首をはねるものね。マドロール様を愛したからといって陛下は『暴君皇帝』じゃなくなったわけじゃなくて、こう……『暴君皇帝』のまま愛を知ったというか」
侍女たちが話している通り、ヴィツィオは『暴君皇帝』と呼ばれているままだ。その通りの行動を今でもしている。
マドロールにはひたすら甘いので忘れそうになるが、その本質は変わっていない。
ヴィツィオは気に食わないものの首はすぐにはねる。それでいて自分本位で、暴君なことには変わらない。
なので、侍女たちは美しく権力を持つ皇帝と近づこうとは思わない。
他の国だったのならば皇帝に見初められて侍女の身から寵妃に……などという夢を抱くものもいるだろう。多くの妃を持ち、侍女にまで手を出すような王というのはそれなりにいるものである。
ただヴィツィオに関してはマドロールだからこそ懐に入り溺愛されているのであって、それ以外の者がマドロールのようにヴィツィオに近づいたところで罰せられるだけである。
それに侍女たちは散々ヴィツィオの暴君な様を見てきているので、同じように溺愛されたいなどというのはまずないのである。何より怖い。
「凄いわよね、マドロール様。私たちが震えてしまうような現場でも、にこにこ笑っていて……、首をはねた現場を見てもかっこいいって近づいてたもの」
その侍女は先日起きた聖獣に認められた聖なる乙女こそ皇妃に相応しいと、騎士たちが反旗を翻した事件を思い起こす。
それを思い出すだけで、ぶるりっと身体が震えてしまうものだ。
ためらいもなくはねられた首。返り血を浴びる皇帝。それでも無表情な皇帝。
……そんな場面で、ためらいもせず皇帝に近づく皇妃は本当に可愛いだけなはずがないのである。
「あれが出来るからこそマドロール様なのよね。ああいう部分が陛下にとってもマドロール様を溺愛する理由だと思うわ。何があってもマドロール様は陛下を愛しているんだろうなって、それが分かるのよね。だからこそ陛下もマドロール様が可愛くて仕方がないんでしょうけど」
「あの陛下が女性を可愛いと言って甘やかすなんて昔じゃ想像出来なかったわよね。どんなに愛らしい方やどんなに美しい方が近づいても全く態度を変えなかったのに。美形がたった一人にだけ甘々って凄くいいわよね……」
「ええ。とても良いわ。陛下もマドロール様も互いしか見ていなくて……本当にとっても素敵だものね」
互いに互いにしか見ていない。
そういう様子は年頃の女性をうっとりとさせるのには十分だ。
その会話を交わしている侍女たちはまだ結婚をしていないので、余計にそういう気持ちになるのだろうというのが伺える。
「あとは――」
それから長時間、侍女たちは皇帝夫妻についての会話を弾ませるのであった。




