「家族の絵とか、彫刻とか作ってもらいたい」―皇太子視察編⑭―
「ふぅん。なるほどね」
配下に調べてもらった情報を、ヴィダディは聞いた。
その情報を聞いた後、その赤い瞳は、面白くなさそうに細められている。
「平民出身の者よりも、寄付を多くした者を優先するって芸術の国としてどうなんだろうな。芸術を極めた者ならば元々の地位がなくても上に上がれる……っていうのがこの国が掲げていることだろうに」
ジャダッドも報告を聞いて何とも言えない表情である。
ギリッグの参加したコンテストは明確な不正が行われていた。そのコンテスト自体が国がやっているというよりも貴族が主体となってやっているものだからというのもあるだろうが。
いくつかの平民にも開かれたコンテストで入賞していくことで、結果として国の目に留まったりする。そういうものであるというのに平民も入賞実績ありとされているコンテストでこうして不正が大々的に行われているというのは問題であろう。
それに過去の平民の入賞者に関しても、不正を認知されないために正しい選考もされずに入賞したものらしいというのだから酷いものだ。当然そういうコンテストで入賞した平民は実力が伴わないままに消えていったりもする。それでいて本来ならば入賞できる実力者が賞をとれない。
……その不正は、幾人もの人たちの人生を明確に変えている。
「気に食わないな」
ヴィダディは一言そう言った。
「で、どうすんだ?」
「とりあえずあれだけの出来の者をちゃんと入賞させられないのならば、帝国に連れて帰ってもいいだろう。その点はこの国の王族に申し立てしておく。ついでにギリッグ以外の実力があるのに売れない芸術家をやらされている者も調べさせる」
「おぉ、全員連れ帰る気か?」
「実力があるものにはそれ相応の地位を与えるべきだろう? 私は少なくともそう思っているからな」
ヴィダディがそういう考えなのは、父親である皇帝がそういう考えだからかもしれない。
ヴィダディ自身も低い身分出身だろうとも実力があればそれ相応の対価が与えられるべきだと思っている。
それにギリッグの描いたマドロールはとても素晴らしいものだった。
その母親の素晴らしい絵を入賞させないのは、見る目がないとそんな気分になっていた。
「ははっ、それもそうだな。皇室付きに全員しちまえよ」
「実力があるものはそうする予定だ。家族の絵とか、彫刻とか作ってもらいたい」
とはいえ、ヴィダディは偽善者というわけではない。全員を連れ帰ろうなどとは思っておらず、連れ帰ると判断したのは実力があるものだけである。
そうしてヴィダディの命によって、すぐに連れて帰る者の選別とそのための手続きは行われた。
帝国の皇太子という立場であるヴィダディが望んで、叶わないことはほとんどない。
それだけの権力がヴィダディにはある。
ついでにコンテストの不正に関する報告も王族にあげておくことにしたようだ。
それをどうするかはこの国次第だが、不正の温床にコンテストがなっていればこの国に対する信頼もなくなっていくだろう。コンテストに入賞しても実は実力がないのではないか――と入賞者の実力も疑われてしまうことになるので芸術家たちにとってもたまったものではないだろう。
ちなみにお忍びだからとヴィダディと会うことを拒んだ芸術家に関しては連れて帰らないと判断している。
今回運よくヴィダディによって帝国に連れ帰ることが決まったのは、帝国に仕える者が念入りに調べて連れ帰っても問題がないと判断したものたちだけである。その数は様々な分野の芸術家を合わせて二十人ほど。
……それだけの数の芸術家を連れ帰るなどというのは、ヴィダディが帝国の皇太子だからこそ出来ることだ。
今回、予定外にそれだけの人数を連れ帰ることを決めたのでヴィダディたちは帝国へと帰ることにした。これだけの人数を連れてお忍び視察は中々目立つので、他の国を見て回るのはまた別の機会にしたようだ。
「……そ、そんなに偉い人だったの!? も、申し訳ございません」
ちなみにギリッグはヴィダディの地位を知って、それはもう動揺してその場で土下座していた。帝国の皇太子に軽口で芸術のことを語っていた事実に蒼白になっていた。
ヴィダディが許しても顔は青いままだった。
ギリッグ含む売れない芸術家たちは、自分たちの結果が振るわなかった原因に不正が絡んでいたことに怒りを表していたものの、その結果帝国の皇太子に見いだされるという幸運が訪れたことに目を輝かせていた。
――それからヴィダディたちは帝国に帰国する。
「ヴィダディ、お帰りなさい。沢山連れて帰ってきたのよね。紹介してね」
帰国すると皇妃であるマドロールはそう言ってにこにこと笑っていたのだった。
そうして皇太子であるヴィダディの視察旅行は終わった。




