「こんなに断られるのは初めてだな」―皇太子視察編⑫―
ヴィダディとジャダッドはその首都を見て回る。
異なる文化に溢れているこの首都はヴィダディにとっては興味深いものである。
「何人か連れ帰るのもいいな」
「ちゃんと上には許可取ってからにしろよ。そうじゃないともめごとになるし」
「まぁ、それはそうだな」
ヴィダディが首都を見ながら考えたことと言えば、芸術家を帝国に連れ帰ることである。
こういう風に異なる文化で育った芸術家が、帝国に来たらどういう風に変わっていくのか見たい。
何よりもヴィダディの母親や弟妹たちは芸術家を連れて帰れば喜ぶことだろう。
国によっては他国の文化を取り入れることや、新しい思想などを受け入れないとするものもいる。しかし帝国はそういう感じはない。皇帝であるヴィツィオはそういう細かいことは気にしない。皇太子であるヴィダディは寧ろそういうものに興味を抱いているので進んで受け入れようとする方である。
芸術と一口にいっても様々なものがある。
それは絵だったり、彫刻だったり、はたまた料理だったり――、そういう様々なもののトップクラスの芸術家がこの国にはよく揃っている。
ヴィダディは帝国の皇太子なので、そういう一流と呼ばれるものたちと関わることはよくある。しかし流石に他国の芸術家たちとはあまり関わったことはないので、興味津々である。
「流石にお忍びの身だと、会えないか」
「そりゃそうだろ。向こうはヴィダディが誰か知らないからな」
ヴィダディは首都で一流と呼ばれる芸術家たちに会おうとした。しかしお忍びでこの場にきているヴィダディと彼らは会おうとしなかった。
彼らの中には、この国で有名な芸術家としての自負があるのだろう。王侯貴族から依頼を受けていると言うプライドもある。また誰かに会う暇があったら創作をしたいというそういう気持ちで会わないを選択する芸術家もいるだろう。
ヴィダディにとって、そういう風に断られることは皇太子としているときはまずないのでこの状況を愉しんでいる様子である。
「しかし会って確認した上で連れ帰る交渉をしたいが」
「その幸運をつかめる奴は誰になるのかね」
「帝国に来る方がやっぱり幸運か?」
「それはそうだろう。帝国に皇族に見いだされていくことが出来るなんて属国や同盟国の者たちにとっては夢だろうからな。あのラッヘメナさんだってそうなんだろ?」
ラッヘメナというのは、ヴィダディの母親であるマドロールが属国から連れ帰った職人である。平民であった少女が皇室付きになり、それでいて伯爵と結婚した成り上がりの実話は大変有名な話だ。
そのように伝手がない身からも、成り上がることが出来る。
それに対して夢を見る者はそれなりに多い。
何かきっかけがあればそのように成り上がれることが出来るというのは、希望でもある。
この国の芸術家もこの国で有名になることも重要だが、帝国で皇族に見いだされたいと望む者も多い。
おそらくヴィダディがお忍びではなく皇太子としてこの国を訪れたら、芸術家側からこぞってヴィダディに会いに来ただろう。それがお忍びであればこうなのだから、ヴィダディは楽しそうだ。
「それもそうだな。ひとまず、芸術家の所を色々巡るか。ラッヘメナみたいに見いだされた当時は有名じゃなくても、才能があるものもいるだろうから。そういうのを見いだすのも母上とお揃いという感じがするし」
「そういう埋もれている人材も多そうだよなぁ」
さて、そういう会話をヴィダディとジャダッドは交わした後、芸術家の元を巡ることに
皇太子であるヴィダディがこうやって自分の足で誰かの元を訪れることは珍しいことである。わざわざ自分の足で向かっているのは、ヴィダディが折角のお忍びだからと自分で望んだことだ。
皇太子という立場でここにいればまずできないことだから。
さて、そうやって芸術家の元を興味本位で巡る変わった少年という風に芸術家たちからは見られているようである。
ちなみにあまり名が知れていない芸術家の中でも、ヴィダディの相手などしていられないと思っているのか話を聞いてくれるものはあまりいない。
「こんなに断られるのは初めてだな」
「まぁ、ヴィダディの立場なら断られることはあまりないからな」
「たまに態度悪いのがいるのは驚いたが」
「権力がある相手にだけ態度がいい人間も多いからな。さっきの芸術家なんてもろにそれだっただろ」
「そうだな」
ヴィダディに対して態度が悪く、その後やってきた貴族の使いには態度が良かった。
そういう風に態度ががらりと変わるのは、なかなか驚くものである。
それからヴィダディとジャダッドが芸術家の家を巡り、ようやくゆっくり話が出来る芸術家に会えた。
その芸術家は、ヴィダディとジャダッドよりもいくつか上の青年である。身なりはあまりよくない。おそらくそこまでまだこの国で成功が出来ていないのだろうというのが分かる。
ヴィダディが皇太子として過ごしているなら会わないだろうが、お忍びだからこそ会えた芸術家である。
その青年は、売れない絵描きである。




