「普段の様子を知っていると面白い」―皇太子視察編⑨―
「ここがティドラン王国か。流石、皇妃様の祖国って感じだなぁ」
「父上は母上の故郷だからって何かあれば援助するし。まぁ、伯父上たちも立派な人で下手に帝国に干渉してきたりもしてないし。流石、母上の家族だ」
ヴィダディとジャダッドたちは、馬車に揺られてティドラン王国へとたどり着く。
そこは皇妃であるマドロールの祖国である。元々小国であるティドラン王国に魔鉱石の資源が見つかったことで、皇帝ヴィツィオと小国の姫であった皇妃マドロールの婚姻は政略的に結ばれた。
皇帝から溺愛されている皇妃の家族であれば増長してもおかしくない。
でも彼らはきちんと自分の役割をわきまえて生きている。だからこそ、ティドラン王国は発展していると言えるだろう。
「ティドラン王国って、帝国と関わりを持ったからつぶれずに済んだんだよな」
「そうだな。小国が魔鉱石の資源を手に入れたとなると狙う連中は多かっただろう。それで母上が父上の所に嫁いだって話だって聞いた。そうじゃなければティドラン王国はとっくの昔に攻められて滅ぼされていたかもしれない」
「小国が資源を持つと大変だもんなぁ。まぁ、今は帝国が守っているから大丈夫なんだろうけれど」
「ティドラン王国に手を出されたら父上は間違いなく怒るからな。母上が悲しむことは父上は絶対に許さないから」
そんなことを話しながら彼らはティドラン王国の王都へと向かっている。その道中にある村や街に寄る。帝国よりは栄えてはいない。だけど自分の母親の故郷だと思うとヴィダディはより一層楽しかった。
ヴィダディは家族が大好きで、母親のこともそれはもう大切にしている。なので心なしかはしゃいでいる様子である。一見するといつも通りだが、友人であるジャダッドにはヴィダディがはしゃいでいることが分かった。
「王都についたら城の裏口から挨拶に行くんだよな?」
「そう。私は今回お忍びだから。帝国の皇太子としてここにいるわけではないから。ばれたら大騒ぎだし」
「……で、俺も連れていかれるんだよな」
「そう。……というか私に普段からあれだけなれなれしくしているのに、なんで伯父上たちへの挨拶は緊張しているんだ?」
「ヴィダディは友人だからそういう態度なのは当然だろ。でもティドラン王国の王族とは会ったことがないし」
ヴィダディにはあれだけ馴れ馴れしく接しているにも関わらず、妙に緊張している様子のジャダッドを見て、ヴィダディはおかしくて仕方がなかった。
ティドラン王国の王族よりも、ヴィダディは身分が上である。
それなのにいざティドラン王国の王族に会うからとこんな調子のジャダッドを見るのはヴィダディにとって楽しいものだ。
「ヴィダディ、笑いすぎじゃね? そんなに俺が緊張しているのが珍しいか?」
「うん。普段の様子を知っていると面白い」
そんな風に会話を交わしているうちに、ティドラン王国の王都に辿り着く。
王都は華やかである。それでいてマドロールに関する本などが本屋には置かれていたりする。
ティドラン王国にとってマドロールがヴィツィオに溺愛される皇妃としてあることは喜ばしいことで、誇りであるようで、マドロールにまつわる商品がよく見かけられる。
ヴィダディは見かけたそれらの商品をこぞって購入していた。マドロールが嫁ぐ前に愛用していたといううたい文句で売られているものなど……、それらを買いあさるヴィダディは「坊ちゃんはマドロール様のマニアなのだな」などと店主に言われていた。
それに対してヴィダディは「そうだな」と否定もしない。
「ヴィダディ、買いすぎじゃね?」
「だって全部欲しい」
「……そうか。まぁ。いいや。それより買い物して待たせていいのか?」
「問題ない。約束の時間まではまだある」
城に向かわず買い物をしているヴィダディにジャダッドが問いかければ、そんな答えが返ってくる。
そして購入したものは使用人たちに預け、そのまま城へと向かうことになる。
「ええっと、ヴィダディ着替えなくていいのか」
ジャダッドは着替えもせずにそのまま向かうというヴィダディにそう問いかける。
「今回はお忍びだからと伝えてあるから問題ない。このままいく」
普通ならば王族の元へ向かう場合は、きちんと正装をすべきである。しかしヴィダディが今回はお忍びだからというので、ジャダッドもそのまま城へと向かうことになった。
まずは待ち合わせの場所へと向かい、ティドラン王国の王城に仕える文官と合流する。その文官はヴィダディを前に緊張した様子だった。
そしてそのまま王城の裏口へと案内され、中へと入る。
「ジャダッド、文官と合流してから無言のままだがどうした?」
「緊張しているんです」
「文官が居るからと無理して敬語にするな」
「……ティドラン王国の文官の方がいますからね。ヴィダディ殿下」
「ジャダッドにかしこまられると違和感があるな。お忍びだし、公の場ではないのだからいつも通りでいい」
「……あー、もう分かったよ。周りから不敬罪とかどうのこうの言われたらお前がどうにかしろよ!」
城内を歩く中で、ヴィダディにかしこまった態度はしなくていいと言われたジャダッドは諦めたようにそう言った。
ちなみに案内している文官はジャダッドがヴィダディに対して「お前」などと口にしていることに驚いた様子を見せていた。




