「その馬鹿をどうにかしておけ」―皇太子視察編⑧―
街で数日過ごした後、ヴィダディたちはティドラン王国へと向かう。
ティドラン王国に向かうまでの間、ヴィダディとジャダッドはいくつもの街を経由した。王都を経由しなかったのは、今回はお忍びだからである。あと同行しているジャダッドたちはヴィダディが経験したことのないことを経験してもらいたいと、ヴィダディが皇太子としてはあまり寄らなさそうなエリアに寄ったりしていた。
例えば農業をメインにしている小さな村だったり。
そういう場所でもひっそりと護衛をしている者たちがいたので問題はなかった。その村の人々は「金持ちの坊ちゃんはこんなところでも泊まりたがるんだなぁ」と不思議そうな顔をしていたものの、気になることを次々と問いかけるヴィダディに快く答えてくれた。
ヴィダディは本で読んだことは知識として知っている。でも実際に見て見ないと分からないことも沢山あるので疑問をすぐに口にするのである。
「……なんだかこの街は活気がないな」
さて、ケセールエ王国とティドラン王国の国境を目指して進む中でヴィダディたちの訪れた一つの街は活気がなかった。
王都から離れた辺境と言える場所にある街。
立派な建物が立ち並ぶその街に住まう人々の顔は暗い。どこかどんよりとした雰囲気が漂っているようにさえ見える。
「前に来たときはこうではなかったから、その後、何かあったのかもな」
「何かって?」
「例えば領主が変わったとか」
「領主が変わったぐらいでこんなに変わるのか?」
「ヴィダディは自分の父親っていう立派な存在やまともな領主をよく見ているからそう思うんだろ。世の中、くずな領主だっているんだぞ」
ジャダッドはヴィダディの問いかけにそう答える。
ヴィダディの父親、『暴君皇帝』などと呼ばれているヴィツィオは横暴な面もあるが一般帝国民からしてみれば立派な皇帝である。その皇帝が偉大だからこそ巨大な帝国は上手く回っている。他国からその豊かな領地を狙われることがないのもその皇帝の手腕である言えるだろう。
そしてそのヴィツィオは愚かな真似をする配下の首はすぐはねる。
相手の言い分など聞かずにためらいもない。
過去に皇帝に逆らい、皇妃を入れ替えようなどと企てたものなどその場で裁かれたと記憶されている。ヴィツィオに対する恐れがあるからこそ、帝国の貴族は愚かな真似をあまりしない。中にはばれないだろうと愚かな真似をするものもいるが、大体がすぐに処罰される。
そういう仕組みが帝国ではきちんとされている。皇帝の配下たちだってそういうものを見逃してしまえば皇帝の怒りを買ってしまうので、それはもうよく働く。
「……王族は気づいていないのか?」
「気づいていないのかもなぁ。まぁ、この街で何が起こっているかは分からないけど」
「一応、イジドナとこの国の王には伝えておくか」
「イジドナってこの国の王太子か」
「ああ。何度か挨拶を受けたことがある」
事前調べよりも雰囲気の悪い街だったというのもあり、この街に長居する予定はなくなった。
一泊だけして、そのまま街を去る予定だったのだが――、
「その女を俺様によこせ!」
宿を取った後、外に出た時にひと騒動あった。
私服姿でヴィダディの護衛として付き添っていた使用人に向かってそんなことを言う少年が居た。
年はヴィダディとジャダッドより少しだけ年上だろうか。少なくとも二十歳は行っていない少年。……その少年は得意げな顔、その使用人を渡されて当然と言った態度にヴィダディは眉を顰める。
ジャダッドは「うわぁ……」とその少年に引いた様子である。
「お前、何を言っている?」
ヴィダディは呆れた様子で、目を細めてその少年を見る。その少年はヴィダディの言葉が気に食わなかったのか逆上した。
「俺様に向かってなんて言いぐさだ! いいからその女をよこせ」
「無理だな。お前こそ、その馬鹿な妄言、今すぐとりさげるなら許すが」
ヴィダディは、高貴な身分である。このあたりで最も高貴な一族の後継者。それは隣国でも変わらない。圧倒的に国力は帝国の方が上なので、ヴィダディの方が許す立場である。
しかしその少年は今まで自分より身分の高い存在がいなかったのか、それともこんなところに自分より身分が高いものがいるわけがないと思っているのか――、
「何を戯言を! 俺は貴族だぞ! お前のことも罰して――」
ヴィダディに謝らなかったため、その言いかけた段階で周りにひっそりと控えていた騎士たちに押さえつけられた。
「その馬鹿をどうにかしておけ。あとイジドナにも連絡入れろ。こんな愚かな貴族どうにかするように言っておけ」
「はっ」
ヴィダディ自身がこんな愚かな貴族を相手にする必要はない。ただヴィダディは命令を下すだけである。それだけで彼らは動く。
その少年はヴィダディが口にしたその名がこの国の王太子の名だと分かったのだろう。意味が分からないという表情をしている。しかし王太子を呼び捨てに出来るだけの存在がこんな場所にいるわけがないと思っているのか喚いていた。
「ジャダッド、興ざめだ。宿に戻るぞ」
「……ああ」
ジャダッドは頷きながら、やっぱりヴィダディは帝国の皇太子なんだなと当たり前のことを思った。
(友人として俺と親しくしてくれるのもヴィダディの一面。そして家族のことを大切に思っているのも一面。だけど今みたいに皇太子として命じる時は、皇太子らしい。ちゃんとそういう為政者になるための面もヴィダディは持ってんだよなぁ)
ジャダッドはそんな風に、ヴィダディのことを考えた。
――そしてその後、ヴィダディを怒らせた貴族は国から処罰されることになる。
その騒動を目撃していた街の人々はヴィダディに感謝すると同時に、「何者だったんだろう?」と噂話に興じることとなった。




