「……帝都と違うなと思っただけだ」―皇太子視察編⑤―
「ヴィダディ、結構外見ているな。楽しいのか?」
「友好国とはいえ、来たのは初めてだから」
さて、ヴィダディとジャダッドは護衛騎士と侍女と共に馬車に乗っている。帝国と隣接する隣国の一つ、ケセールエ王国にヴィダディが足を踏み入れたのは初めてである。だからこそヴィダディは興味深そうに窓の外を見ている。
今のヴィダディの髪色は、銀に見えるようにしてある。それでいて黒縁眼鏡をかけている。これに関しては魔法具で目立たないようにしているとはいえ、ヴィダディの美しさは目立つから目くらましである。
このケセールエ王国はジャダッドが父親に連れられて暮らしたことのある国でもある。またこのケセールエ王国を超えるとヴィダディの母親であるマドロールの故郷であるティドラン王国がある。
「今回の旅でティドラン王国にもよれるんだろう? 楽しみだ」
「皇妃様の故郷だもんな。一度ぐらい行ったことあるか?」
「小さい頃に一回あるはず。ただあんまり記憶はないけど。母上が楽しそうに語ってくれる国だからいけるのは嬉しい」
ティドラン王国にヴィダディは一度だけ行ったことがある。とはいえ、それは幼い頃なのであまり本人も覚えていない。一応お忍びとしてティドラン王国に向かう予定だが、ティドラン王国の国王を務めているマドロールの兄やもう引退しているマドロールの両親にも会えたらなと考えている。
「そうか。俺はヴィダディが皇妃様の家族と挨拶をする間はぶらぶらしとこうかな」
「いや、ジャダッドも来い」
「いやいや、しがない外交官の息子に何を求めているんだ。俺は王族に挨拶なんて出来ればしたくねーよ」
「ジャダッドは私の友人だろう。ならばそのくらい慣れろ」
「……まぁ、じゃあ行くよ。皇妃様の家族ならば良い人たちだろうし」
「母上が好意的に見ている相手だから、悪い人間じゃないのは確かだよ。会った時も、手紙でも優しい人たちだったし」
ヴィダディはそんなことを言う。
ヴィダディは皇妃であるマドロールの兄や両親と言った存在とはそこまで会ったことはない。互いに国を治める一族で忙しい身であるので、それも当然であろう。嫁ぐことで交流が絶たれることもよくある話だが、マドロールは家族とよく連絡を取り合っており、その仲は良好である。
「ところでヴィダディ、これから国境から近い街に向かうけれど、まずは何したい?」
「普通に街を見て回りたい。他の国の街を見て回ったら、それだけ私が帝国を継ぐ場合に役に立つから」
「なんだよ、こういう時もお勉強か? もうそういうことを気にせずに遊びまわろうぜ。こういうのは楽しんでこそだぞ。露店回ったりとか、路地裏行ってみたりとか、そういうヴィダディがやったことないことをやった方が楽しいだろ」
「ジャダッドは能天気だな。まぁ、何も考えずに過ごすのもありか」
そうやって会話をしているうちに、国境近くにある街へとたどり着いた。
それなりの宿を既に確保してあるので、まずはそこへと向かう。皇太子であるヴィダディはそもそも最高級の宿などにしか泊まったことがないので、それもまた新鮮な気分のようだ。
ジャダッドはこの街にも訪れたことがあり、その宿の主とも顔見知りである。
ジャダッドの友人だということでヴィダディが良い所のお坊ちゃんということは分かったのだろう。その宿の主は丁寧にヴィダディに対応していた。
宿でチェックインの手続きをした後に、さっそくヴィダディとジャダッドは街に向かうことにする。
表面上は二人にしか見えないで歩く。が、当然のことだが護衛騎士はひっそりと後ろからついてきている。
「ヴィダディ、そんな風にきょろきょろすると田舎者に見られるぞ」
「……帝都と違うなと思っただけだ」
「ははっ、まぁ、国が違えばその分、帝都とも作りが違うのは当然だろ。帝都は城塞都市だけど、ここはそうじゃないしな。そもそも城もないし」
ヴィダディは興味深そうにあたりを見渡していて、その様子をジャダッドは楽しそうに見ている。
ヴィダディの知っている世界は、皇太子という立場もありそこまで広くない。もっと自分の身を自分で守るだけの力があれば別だが、そうでなければヴィダディは守られる存在である。だからこういう場所が新鮮なのだろう。
そしてヴィダディが気になるお店に足を踏み入れる。
そのお店の品物もヴィダディが興味深そうに見ているのは、普段は商人が城に来るので店頭で買い物をすることがないからである。
「ヴィダディ、何か買うか?」
「そうだな。参考資料になりそうなものは購入しておきたい。帝国のものとの違いを学び……」
「……ヴィダディ、勉強はとりあえずおいとこう。そういうのは騎士たちに後で指示して買ってもらえばいいだろ。お前の買いたいものを買えよ」
ヴィダディが相変わらず勉強意欲に満ちているので、ジャダッドは呆れた様子を見せるのだった。




