「父上は母上の望みはなんでもかなえようとするから」―皇太子視察編②―
盛大に送り出されて、ヴィダディとジャダッドは竜に乗り、移動している。
「うおお、竜の上からの光景ってテンション上がる!」
ジャダッドは竜に乗ったことなどもちろん初めてなので、楽しそうに声をあげていた。
「そうか?」
「ヴィダディは凄いよなぁ。その年で竜をこれだけ従えていて」
「私は幼い頃から竜と関わっていたから、このくらい当然だろう」
「いやいや、あのなぁ、幾ら竜と幼い頃から関わっていたからといってもこれだけ竜を乗りこなしているのって十分凄いことだからな」
「そうか?」
ジャダッドは素直にヴィダディのことを凄いと思っているのだが、ヴィダディは自分の凄さをそこまで自覚してない様子である。しかし一般人のジャダッドからしてみればヴィダディは本当に凄いことをしているのだ。
「そうだぞ。皇帝陛下があれだけ凄いからヴィダディは自分のことを普通だとか、これぐらい出来て当然だとかそんな風に思っているかもしれないけれど、ヴィダディと同じだけの環境でも同じように出来るようになれるかといえばそうではないからな」
ジャダッドは自分と同じ年のヴィダディがそれだけなんでもそつなくこなしているのを見ると、本当に関心するものである。
「そうか? そう言ってもらえるのは嬉しいが」
「……照れてるのか? その様子を女性に見せればギャップでいちころになりそうだよな」
「そんなのいらない」
「もったいないよなぁ。もっともてたいとかないのか?」
「ない」
ばっさりとヴィダディは言い切る。
ヴィダディぐらいの年頃だと、女の子に騒がれたいといったそういう気持ちがあるものである。
しかしヴィダディは見た目も良く、地位も高いので散々異性から囲まれ、騒がれている。
(氷の皇子なんて言われていてもヴィダディはそういうのではなく、ちゃんと人間味が溢れているんだよな。陛下は皇妃様と出会う前は本当に誰にも心を許してなかったらしい。それに比べるとヴィダディは人間味に溢れているって、城に仕える使用人たちから聞いた)
皇帝は『暴君皇帝』と、皇太子は『氷の皇子』と呼ばれている。
実際にそういう一面もあることは確かであるが、それだけではないなぁとジャダッドは思っている。
皇帝であるヴィツィオも、皇太子であるヴィダディも竜を乗りこなしている。見た目が良いのもあって、その光景はとても絵になる。
「ヴィダディ、途中まで竜でいってその後は馬車で移動になるけれど、その間、竜はどうするんだ?」
「預かってもらう手筈は整えているから問題ない。竜騎士も世話係としておいていくし」
今回の視察旅行は基本的にはお忍びで行われる。
帝国の皇太子という立場で色んな場所を見て回るのはそれだけ目立ってしまうから。
そういうわけで途中まで竜で移動して、その後は馬車で移動することになっている。
「ヴィダディは竜で結構色んな場所いってたりするのか?」
「そこまでは。警備を整えるのも大変だしな。国内は母上が行きたがって連れて行ってもらったりしたけれど、他国となるとあまりない。母上と父上は視察……いや、あれは旅行だな。二人で旅行に行ったりしていたけれど」
「視察ではなく旅行なのか?」
「父上は別に属国とかに直接足を運ぶ必要はないんだよ。その下についている人たちがどうにでもするから。そんな父上が視察に行くのって母上が行きたがった時以外はない」
「……陛下って本当に皇妃様の事が好きだよな」
「うん。本当に父上は母上のことが好きでたまらないし、母上も母上で父上至上主義だし。父上は母上の望みはなんでもかなえようとするから」
「皇族でそれだけ相思相愛なのも珍しいよな。だからこそ市井でも皇帝陛下と皇妃様のことが劇になったりして広められているんだろうけれど」
「私はその劇を見たことがないから、見て見たいな」
「一つの劇としてみるなら楽しいんじゃないか? まぁ、実際の皇帝夫妻を知っていると全然違うってなりそうだが」
ヴィダディとジャダッドは仲良く竜の上でそんな会話をかわしている。
ヴィダディは両親と一緒に他国に行った経験はあるものの、こうやって一人(友人や使用人、護衛はいるが)で他国を見て回るのは初めてである。
なので、その表情はどこか楽しそうである。
「なぁ、ヴィダディ。折角だからお前のやりたいこと全部叶えようぜ。帝都にいるときは経験出来ないことを沢山しようぜ。だから道中で何をやりたいかとか考えとけよ。俺が叶えられることならかなえてやるから」
「ありがとう、ジャダッド」
ジャダッドの言葉にヴィダディは小さく笑った。
その後、しばらく竜に乗った後、一旦国境付近の帝国貴族の領地にヴィダディとジャダッドは寄った。
ここまでは皇太子として、そしてここからは馬車で国境を越え、ただのヴィダディとして向かうことになる。




