「私がマドロール様を救ってみせる!!」―故郷の騎士編④―
さて、シェロレンは帝国へと到着した。
ヴィツィオとマドロールの仲の良さは、帝国中に広まってきていると言えるだろう。それだけ『暴君皇帝』が皇妃を溺愛しているという事実は帝国民たちにとっては衝撃的だったのだ。
だからこそ、皇帝夫妻のことは帝国内では大変噂になっている。
(……情報操作をしているのだろう。マドロール様はきっと暴君皇帝と結婚したことで心細く、寂しい思いをしているはずだ。そもそも小国の姫であったマドロール様がこんな大国に嫁ぐというだけで重圧だっただろうに、国のためにと嫁いでいかれたのだ。それなのに悲しみを誰にも理解されずに、皆が広まっている噂を信じているなんて)
そのシェロレンの思考を知ったなら、マドロールは嫌そうな顔をするだろう。
マドロールは嫁ぐ前はそれなりに普通の姫ではあった。まぁ、楽観的で今のようににこにことは笑っていたが、ヴィツィオと出会ってからのマドロールはその頃よりずっと元気である。推しであるヴィツィオが生きているだけで幸せで、そのヴィツィオが愛してくれているのが本当にこの世の春! と言える状態である。
……そんなマドロール相手に、実は不幸だと思い込む者はまず城内にはいないだろう。マドロール付きの侍女たちだって、マドロールが周りが引くぐらいにヴィツィオを思っていることを知っているので、そんな戯言を言う者がいたら嘲笑を浮かべることだろう。
しかし、シェロレンにとってはマドロールは可愛そうな立場で、助けなければならないとそんな風に思い込んでいるのである。
……流石に皇帝夫妻は仲が良いと言っている国民たちに突っかかったり、反論することはしない。しかし本人は自分だけがマドロールのことを分かっているというしたり顔である。
中々に痛い状況だ。
ちなみにユラルが念のため、シェロレンに他の騎士もつけているわけだが、その同行している騎士に関してはユラルからちゃんと説明を受けているので、シェロレンのことを何とも言えない目で見ている。
「シェロレン、何を考えているか想像は出来るが、ちゃんと現実を見るんだぞ」
「当然だ。私は真実が見えている」
「……そうか」
同行している騎士はなるべく、道中で説得が出来そうなら説得を進めようと思っていた。
あえて皇帝夫妻が仲が良いというのを噂している声が聞こえるところに連れ出したり、皇帝夫妻の出会いが劇になっているのを見せたりとしている。
……しかしシェロレンに関して言えば、それを信じようとしていないのだ。
(このような劇まで行って情報操作を行うなんて。自分の素直な気持ちを言うことも出来ずにマドロール様は悲しい目に遭っているだろう。相手が大国の皇帝だからといって、誰もがそれに従っているなんて……)
例え、マドロールが本当に皇帝に嫁いだことを悲しんでいたとしても、それは大国と小国の差なので仕方がないことである。嫁いでしまったことは覆すことの全く出来ないことなので、マドロールが表立って悲しみを口にするというのはそもそも大問題だ。
それを考えると、漫画の中のマドロールは幾ら気を病んでいたとしても行動を間違えたともいえるだろう。
そして大国の皇帝の皇妃相手に、そういう気持ちを抱いている段階で中々まずい状況であるというのを、彼は理解していない。
(マドロール様は味方も誰もいない場所で、大変な思いをしているだろう)
……確かにマドロールはほぼ身一つで嫁いだ状態であり、祖国から侍女を連れていったりはしていない。そういう場所で味方などいないはずだとそんな風にマドロールは思われているのである。
多分マドロールが聞いたら「私を甘く見すぎ!」と少し憤慨することだろう。
それだけマドロールのことをシェロレンは分かっていない。
分かっていないのに、分かっているつもりになっているのである。
(マドロール様を救うために私に何が出来るだろうか。マドロール様を連れ出したいが、そのあたりは調整も出来ていない。しかし、マドロール様は私には本音を言ってくれるはずだ)
シェロレンは、自分がマドロールにとって特別だとそんな風に思っている。実際はマドロールは昔から知っているお兄さんという認識しかない。しかし恋に溺れている彼にとっては自身はマドロールの特別なのである。
(私がマドロール様を救ってみせる!!)
マドロールが大変な思いをしていると思い込んでいるので、そんな風にマドロールを救うなどという訳の分からない使命感に燃えている。
……ヴィツィオが嫌がるからという理由でマドロールはシェロレンとの手紙のやり取りも今はほぼしていない。それもマドロールが辛い立場にいるせいだ。そうでなければ自分と手紙のやり取りもしてくれるはずと思っているようであった。
さて、そんな勘違いをしている騎士が城へとやってくる。




