「ヴィー様、お兄様からの手紙にちょっとよく分からないこと書いてあります!」―故郷の騎士編①―
「私のことを好いてくれているんだってお兄様に自慢したい!」の後です
「殿下、私を帝国に行かせてください」
「……その意思は変わらない感じかい? マドロールは本当に、幸せになっているよ。君が何も心配する必要はないんだよ」
ユラル・ティドランは、目の前で神妙な顔をしている騎士を見ながらどうしたらいいだろうかと思案していた。
つい先日、ユラルは妹であるマドロールが嫁いだ帝国へと招待された。そしてマドロールが如何に皇帝から愛されているかというのを散々見せつけられた。そしてその後届く手紙からもマドロールがどれだけ『暴君皇帝』ヴィツィオを愛しているかが分かるものだ。
寧ろ惚気しか書かれていないので、ユラルはほほえましい気持ちと、引いてしまう気持ちが半々である。
ユラルはまだ結婚していない。この国を継ぐものとしていつか結婚相手を見つけなければならないと思っているが、現状はまだ保留中である。なんせ、妹であるマドロールがあの帝国の『暴君皇帝』の最愛になってしまった。その繋がりを目当てに近づいてくる者も多いので、難しいところである。
ユラルは正直仲が良いのはいいことだと思っているが、マドロールがヴィツィオに向けるほどの愛を向けられたら……自分が同じものを返すことが出来なければ重いと感じてしまうと思っているからである。
さて、ユラルが目の前の騎士の発言にどうしたものかと悩んでいるのは――その騎士、シェロレンがマドロールに恋慕の念を抱いているからである。
ちなみにこれに関してユラルはそのことはマドロールが嫁ぐまでは知らなかった。嫁いだ後にそういう気持ちを露わにするようになったというか、今まで護衛のお兄さん枠だったのに、マドロールがどうも本当は不幸なのではと思い込んでいるらしい。
(シェロレンも悪い奴ではないんだけどな……。マドロールが嫁ぐ前に言ってくれればまだ違ったか? いや、でもマドロールはあれだけ皇帝陛下を愛しているんだ。シェロレンには正直言って興味もないだろう……。恋をしたマドロールはああなんだから、故郷に居た頃は恋なんてしていなかったのが丸分かりだし)
ユラルにとってシェロレンは昔からの仲の友人でもある。しかしこう……恋は盲目とはいえ、変に思い込んでいる様子を見ると何とも言えない気持ちになる。
(……王太子である私の発言を信じず、マドロールが『暴君皇帝』に愛されているはずがないと思い込み、それでいて自分こそが助けるみたいになっているのって、正直言って王族の護衛としては不適合だ。今までシェロレンのことを騎士としてちゃんとしているって思っていたけれど、私の目も節穴だったかな)
――ユラルはシェロレンのことを立派な騎士だと思っていた。誰にでも公正で、王族に対する忠誠を持ち合わせている騎士。
しかし今のシェロレンを見ていると、ユラルは何とも言えない複雑な気持ちである。
シェロレンの思考と言えば、マドロールがあの『暴君皇帝』に好かれるはずがないと思い込んでいる。まずその時点でマドロールに対しても失礼である。マドロールは悲しんでいるはずだとそう思っている。これに関してもマドロールのことを甘く見すぎである。
ユラルもそれはもう実際のマドロールとヴィツィオを見るまでの間は、幾らマドロールが前向きだろうとも落ち込んでいるのではないか……とは心配だった。とはいえ、実際のマドロールを見て、これだけ惚気の手紙が届いているのでそういう考えはない。
(私がいっても聞かないのが一番の問題だ。思いこんでしまっているからといって周りの話を聞かなくて、それでいて思っていることが本当に正しいと思っている。このまま放っておいて下手に暴走されるのも困る。それにシェロレンだってマドロールの幸せそうな姿を見たら、考え直してくれるだろうか)
ユラルにとってはシェロレンは昔からの仲の友人である。その友人がそういう間違った道に行くのはどうにかしたい。
(このまま反対していても、もっとありえない行動を起こす可能性がある。……皇帝陛下が許すか分からないけれど、一度帝国に正式に行かせたいが……、マドロールに手紙を出そう)
そういうわけで、ユラルはマドロールに手紙を出した。
説明しないうえで送り出すのは大問題につながりそうなので、きちんとその辺は記載している。
そういうわけで騎士がマドロールに恋慕していること、変な勘違いをしていること、その勘違いをただすためにも仲睦まじい様子を見せつけて欲しいということが書かれた手紙がマドロールの元へと届いた。
「ヴィー様、お兄様からの手紙にちょっとよく分からないこと書いてあります!」
そしてその手紙を読んだマドロールは、元気よくヴィツィオにそんなことを言うのだった。




