「皇帝一家は見ていて幸せな気持ちになる」
「ヴィー様、見てください。ヴィダディが凄く可愛いです。こんなに手が小さくて……、ヴィー様も触ってみてください」
「……」
「ヴィー様、どうしたんですか? 何か躊躇ってます?」
「……こんなに小さいもの触ると傷つけそうだ」
「ふふっ、大丈夫ですよ。優しく触れば問題ありません!! ヴィー様がそうやってヴィダディのためを思って躊躇っている姿、とってもいいですねぇ」
皇帝夫妻は第一子であるヴィダディの前で、そんな会話を交わしている。この世に生まれ落ちたばかりの小さなヴィダディに触れることをヴィツィオは躊躇している様子である。
ヴィツィオはこれまで赤子と接するなどということはなかった。当たり前の家庭環境には生まれてこなかった。そんなヴィツィオだからこそ、自分の子供が生まれたというのは不思議で、戸惑いがあるのだろう。
「抱きかかえたら泣かれないか?」
「ふふっ、ヴィー様って本当に可愛い!! そんな心配してらっしゃるのね。大丈夫ですよ。ヴィー様はこの子の父親なんですから、どんどん抱っこしましょうよ。親子の触れ合いって大事なんですよ?」
マドロールはにこやかに笑ってそんなことを言って笑った。
その言葉を聞いて、まるで壊れ物を扱うかのようにヴィツィオはヴィダディに優しく触れる。その頬に触れたかと思うと、その柔らかさにびっくりしたのだろう手を引っ込める。
「ヴィー様、もっとえいって触っていいんですよ? 赤ん坊は確かにか弱い存在で、接する時は気を付ける必要がありますけれど、だからといってそこまで躊躇わなくて大丈夫です」
マドロールはそんなことを言いながらヴィダディを抱きかかえる。小さなヴィダディはきゃっきゃっと笑っていて、その愛らしい様子を見るだけでマドロールは幸せな気持ちでいっぱいになる。
「ほら、ヴィー様。どうぞ」
「……ああ」
ヴィツィオはマドロールからヴィダディを渡され、恐る恐る受け取る。ヴィツィオの腕の中に納まっているヴィダディは相変わらずきゃっきゃっと笑っているままである。
――こんな風にヴィツィオに抱きかかえられて笑う存在を、ヴィツィオはマドロール以外に知らなかった。そして生まれた子供も、無邪気にヴィツィオの腕の中で笑っている。
どこまでも無防備。
そんなヴィダディを見て、ヴィツィオが笑った。
「はぅ、ヴィー様、その笑み、凄く最高です!! ヴィー様がこうやって子供を抱きかかえて笑っているなんて、本当に幸せすぎます」
マドロールはそんな風に言って、微笑む。
漫画の世界のヴィツィオだってこんな姿を見せることはなかった。そんな初めて見るヴィツィオの表情を間近で見られることがマドロールは心の底から幸せでならない。
そんなマドロールの言葉に、ヴィツィオは笑みを深める。
……さてその様子をヴィダディの世話をしている乳母や使用人たちはすぐ傍で見守っている。
その中でも年配の女性の使用人は、昔からこの城に仕えているものである。
ヴィツィオの昔のこともよく知っている。そんな彼女からしてみればこういう風にヴィツィオが当たり前の父親をしているというだけでも奇跡に立ち会っているようなそんな気持ちになっている。
(皇室一家は見ていて幸せな気持ちになる。こんな姿を見ることが出来るようになって、その場に立ち会えるのは本当に奇跡的なことだわ。これもマドロール様のおかげね)
皇妃がマドロールでなければ、ヴィツィオはこんな風な姿を見せることはなかっただろうと彼女は思う。
マドロールは基本的にヴィツィオの言うことを全面的に肯定するが、きちんと自分の意見も口にする。それでいてヴィツィオの意見を変えさせることさえも出来るのだ。マドロールは何気なくやっていることだが、それは他の誰にも出来ないことである。
(陛下は一人で居ることを苦にはなさらない方だけれども、誰にも心を許すことがない孤高の存在だった。それが家族を大切にしていて、こんな幸せな様子を見せている見ていてこちらが幸せだわ)
そのあまりにも幸せそうな様子は、伝染する。
よって、皇帝一家の様子を間近で見れる者たちは毎日幸せであった。




