「陛下色のドレスが沢山増えるの楽しみだわ」―とある職人の成り上がり③―
ラッヘメナは孤児であり、生きることに必死だった。
だからこそ、恋なんてものは知らない。いずれ必要に迫られて誰かと結婚はするのだろうとは思っていたけれどそれだけだった。
ただ自分よりもいくつか上のマドロールが、ヴィツィオへの愛を隠しもせず、惜しげもなく、示している様子は眩しく思った。
(マドロール様に似合う、素敵なドレス……。キラキラしているマドロール様に相応しいものにしたい)
そんな高揚感で、ラッヘメナはいくつかのドレスのデザインを描き終えた。
そしてそれをマドロールに見てもらうことになった。
(マドロール様は気に入ってくれるかな……)
ラッヘメナは一生懸命、デザインをしたつもりである。しかし着る本人であるマドロールが気に入るかどうかは別だった。一つでもそのデザインを気に入ってくれればいいとそう思いながら、緊張した面立ちでラッヘメナはマドロールの元へと向かう。
マドロールはお茶会の招待状を書いている最中というわけで、そこにお邪魔することになった。
「ラッヘメナ、デザインが出来たと聞いたわ」
「はい。気に入ってもらえるかわかりませんが……」
「一先ず見せてもらえる?」
マドロールからそう言われて、ラッヘメナはおずおずとデザインをスケッチしたノートを差し出す。
マドロールはぺらぺらとそれをめくりながら目を通していく。最初、マドロールは何も言わなかった。だからラッヘメナは少しだけ不安になった。
だけど、次の瞬間、マドロールの楽しそうな声が聞こえてきた。
「まぁ!! どれも素敵だわ! ラッヘメナは絵も上手いのね。私はこういうドレスのデザインも描けないから凄いと思うわ」
そんな風に褒められて、ラッヘメナは顔を赤くする。
こんな風にまっすぐに、ただただ自分のことを褒めてもらえるなんてことはなかなかないのだ。
(マドロール様は素直に他人のことを凄いと言える人……。自分が出来ないことを全く気にせず言って、本当に私のことを褒めてくれているって分かるから嬉しい。まだデザインの段階でもこれだけ認めてくれているんだから、ちゃんとマドロール様が喜ぶ、マドロール様に相応しいものを作らないと)
他の誰かから、自身の腕を認められること。そして褒められること。それはラッヘメナにとって嬉しいことだった。これだけ素晴らしい環境を与えられ、それでいてその仕事を褒めてもらえる。
それほど嬉しいことはない。
マドロールがその腕を買ってくれなければ、孤児出身だからと差別され続け、服作りさえもままならなかっただろう。それを思うと、マドロールのために力を尽くしたいとラッヘメナはそんな風に思ってならなかった。
「ねぇ、ラッヘメナ。このデザイン。どれも素敵だわ! 大丈夫なら全て作って欲しいわ」
「ありがとうございます!! 全部、作ります!!」
「あ、でも無理はしては駄目よ。身体が資本なのだから、一つずつね」
「はい! ありがとうございます」
マドロールは本当に、心からラッヘメナの身体のことを心配している。それがよく分かるので、ラッヘメナは嬉しくなって笑って頷いた。
「陛下色のドレスが沢山増えるの楽しみだわ」
マドロールはそんなことを言いながら幸せそうな表情を浮かべていて、落胆させないように頑張らなければとラッヘメナは気合を入れるのだった。
それからラッヘメナは城へと向かう日は、ひたすらドレス作りに励んだ。あまりにも熱中しすぎていると、見に来た文官に止められることもあった。……その翌日にマドロールに「ちゃんと寝なければ駄目よ?」と言われてきちんと時間を確認するようになった。
そして、まずは一着仕上げる。
ふんだんに加工された花がそのドレスを彩っている。黄色いドレスの生地に、黒色の糸で美しい刺繍が施され、高級素材をふんだんに使って仕上げられた一着。
ドレスの素材が高価すぎて、最初は手が震えたが、熱中しているとそんなことも気にならなくなっていた。
その作成したドレスを早速ラッヘメナはマドロールに見てもらった。
「まぁ!! とっても素敵だわ!!」
そのドレスを見たマドロールは、嬉しそうに目を輝かせていた。そして無遠慮にラッヘメナの手を握る。
「本当にラッヘメナの技術は凄いわ! こんな素敵なドレスをありがとう。早速パーティーで着るわ」
そしてそう言って楽しそうに笑う。
それだけでなんだか、ラッヘメナは嬉しくて仕方がなかった。これだけ喜んでもらえるのならば、幾らでもドレスを作りたいとそんな風にさえ思ったほどである。
「ラッヘメナ、パーティーに私が参加すればおそらく貴方に依頼が沢山来るわ」
「え」
「私も宣伝するつもりだもの。ラッヘメナは凄い子なんだって。でもあんまり抱えすぎては駄目よ? 皇室お抱えだからラッヘメナに変なことをする方はいないと思うけれど……、依頼をどうするかはちゃんと相談した方がいいわ」
マドロールはそう言ってにこにこと笑っていたが、ラッヘメナはそんなこと想像も出来なかった。
しかし、マドロールがそのドレスをパーティーに着て出た次の日には、マドロールの言うように沢山の依頼がラッヘメナに舞い込むようになった。




