「ヴィー様、私このドレス凄く気に入りました!」―属国観光編⑧―
「ヴィー様、今日は良い天気ですね」
「ああ」
マドロールとヴィツィオはその日、属国の王都を歩いていた。
ヴィツィオの怒りを目の当たりにして以来、この国の姫たちも近づいてこなくなったので大変快適に過ごしている。
マドロールとヴィツィオが属国内をぶらぶらしているので、皇室に仕える騎士たちも属国の騎士たちも中々バタバタしている。
「ヴィー様、あのお店入ってみませんか?」
マドロールはそう声をかけて、ヴィツィオと共に小物や洋服などが並んでいる大きなお店に入る。
このお店は、この国で幅を利かせている商会が営んでいるものらしく、三階建てでとても大きい。
平民向けというよりも、お金を持つ貴族や豪商など向けのお店のようだ。
マドロールは基本的にお忍び以外の買い物は、商人と商人を城に呼びよせて行っているので、珍しいのかきょろきょろと楽しそうに商人を見ている。
店員たちはお忍びで来ているマドロールとヴィツィオのことをお金持ちの平民といった認識なのか、別に来ていた貴族令嬢にかかりっきりである。
マドロールは特に気にしておらず、商品を見るのに夢中である。
「ヴィー様、どれも素敵ですね」
「ああ」
「それにしてもどなたが作成したものかもしっかり書いてあってわかりやすいですね」
その商会は多くの職人を雇っているらしく、どの職人がどの洋服を仕立てたのかなども記載してあった。
(こうやって競争させて、良いものを作らせようってことなのかしら?)
マドロールはそんなことを考えながら、色々と見て回る。
大体見ているのは、ヴィツィオの髪と瞳の色である黒と黄のものばかりだ。
マドロールが楽しそうにきょろきょろと見て回っているのを、ヴィツィオは優しい目で見守っている。
この商会で人気の職人のものは、大量に並んでいた。
そうではない者の仕立てたものだと店頭にあまり並んでいなかったりというのもあるようである。
(凄い差ね。実力社会というものなのかしら? こちらの名前はいっぱい見るのに、一着しか表に出されてないのもありそうだわ。平民向けではなく、お金持ち相手だからこそ数よりも質なようだけど……)
マドロールはそんなことを考えながら、一つ一つ見て回って、奥まった所に素敵なドレスがあった。
「まぁ!」
ヴィツィオの色である黒色と黄色。それがふんだんに使われたドレスがあった。
マドロールはそのドレスを一目見て気に入った。
「ヴィー様、私このドレス凄く気に入りました!」
「買うぞ」
「はい。それにしてもこの方の仕立てたものは他にないのかしら?」
マドロールはそんなことを言いながら近くにあった商品を見る。
マドロールも王族の嗜みとして刺繍は学んでいる。だけれども、そのドレスに施された刺繍はとても技術力と表現力が高いものだった。
(このドレスを仕立てた方はこれだけの技術があるのに、素敵なものを作れるのにどうして店頭に出されていないのだろう?)
マドロールは生まれも王族で、今は帝国の皇妃であるため良いものばかりに囲まれて生きてきた。
だからこそマドロールは目の前のドレスが良いものだと分かる。なのにどうしてそのドレスを仕立てた職人のドレスがあまりないのだろうか……と思ってしまう。
思案するマドロール。
ヴィツィオが店員に話しかけ、そのドレスを購入する旨を伝える。
店員の女性はどこか馬鹿にしたようにマドロールとヴィツィオを見ていた。このお店の中でも安く、有名ではない職人のドレスしか買えないなんてという目だ。
「ねぇ、あなた。このドレスを仕立てた方の他の商品はないのかしら?」
「ありませんよ。これを仕立てたのは孤児の出ですからね。一着でも店頭に出ているのが珍しいですから」
マドロールを皇妃だと知らず、ただのちょっとお金を持っている平民と思っているからの態度だろう。そしてマドロールとヴィツィオはこの国に住んでいるわけでもなく、そういう態度をしても問題がないと思われたのかもしれない。
「孤児の出だからとどうして一着なのかしら? こんなに素敵で良いものを作れるのに」
「はっ」
マドロールの不思議そうな言葉に馬鹿にしたように店員は鼻で笑った。
(あら、こんな態度をされるのは初めてだわ。それにしてもどうして孤児だと駄目なの? 親が居なくてもこういう素敵なものが作れるならもっと良い扱いをされるべきだと思うのだけど……。このお店は実力主義なのかなと思ったけれど、そうじゃないのね)
マドロールはそんなことを考えながら、次の言葉を紡ぐ。
「その方とお話することは出来るかしら?」
マドロールの申し出は、断られた。
その後、購入したドレスを受け取ってマドロールとヴィツィオはそのお店を出た。
……お忍びだったのとマドロールが気にしてなさそうなのでその場では対応はされなかったが、当然のことだがその商会は皇室の騎士たちによって徹底的に調べられることになる。
またマドロールが望むからと、その後、皇帝と皇妃の名の元にその職人は招集された。




