「私とヴィー様が仲良しだって広まっているのが嬉しいなぁって」―属国観光編⑤―
「わぁ、見たことがないものが沢山だわ」
マドロールはヴィツィオの手に自分の手を絡ませたまま、嬉しそうにあたりを見渡している。
箱入りのお姫様だったマドロールにとって、ヴィツィオが連れて行ってくれる場所は全て目新しい場所である。
「ねぇ、ヴィー様。あれを見てくださいませ。向こうで劇をやっているみたいだわ」
「見たいのか?」
「はい! 楽しそうでしょう?」
「じゃあ見るか」
マドロールが目を輝かせながら見ているのは、広場で催されている劇である。これは貴族たちが劇場で見るようなものではなく、平民たちが楽しむものである。
本来なら皇帝夫妻が見るようなものではないが、ヴィツィオからしてみればマドロールの願いはなんでもかなえるものなので、見に行くことにしたようだ。
周りに人が集まる中で、ヴィツィオとマドロールは他の客と同様に立ち見する。
「ではこれより、開幕します」
そう言って始まった劇の内容が、帝国の皇帝夫妻――要するにヴィツィオとマドロールに関するものだったので、マドロールは驚いた。
(私がヴィー様に愛されているというのが、此処まで広まっているということよね。嬉しいけれど、びっくりしたわ)
マドロールはそう思いながら、じっと劇を見る。
その劇の内容は、誰にでも冷たかった皇帝が、皇妃に出会い愛を知ったというものだが……まぁ、皇帝夫妻のなれそめを平民たちが詳しく知っているわけではないので創作である。
(ヴィー様なら言わなさそうなセリフとかも多いわね。まぁ、劇だから仕方がないと思うけれど。ヴィー様役の人もそれなりに美形だからキャーキャー言われているけど、ヴィー様が一番かっこいいし。でも私にだけ見せてくれるヴィー様の姿があるって本当に幸せなことよね)
実際のヴィツィオならば言わないセリフ、しない態度。だけれども自分たちのことがこうして広まっているのがなんだかマドロールには面白かった。
「マドロール、楽しかったか?」
劇を見終えた後、ヴィツィオがマドロールに問いかける。
「はい。ヴィー様なら言わない言葉とかも結構あったけれど、私とヴィー様が仲良しだって広まっているのが嬉しいなぁって」
「そうか」
マドロールが笑えば、ヴィツィオも笑った。
その後、ヴィツィオとマドロールは街を見て回った。
キラキラした目で楽しそうにしているマドロールと、そんなマドロールにだけ笑みを浮かべるヴィツィオ。周りから注目を浴びなくするように魔法具を身に着けていても、明らかにお忍びな二人は目立つ。
「ヴィー様、この風車とっても大きいですね」
街の少しはずれにある大きな風車が立ち並ぶエリアは壮観で、マドロールは楽しそうに笑っている。
そのエリアはとても穏やかで、長閑な場所で、ベンチに腰掛けてのんびりするだけでも気持ちが良いものである。
子供たちがその場所を走り回っており、なんとも素敵な空間だ。
マドロールは穏やかな表情で、子供たちの事を見ている。
穏やかな空間で一休みした後、またヴィツィオとマドロールは手を繋いで歩き出す。
中心地に向かって歩いていると、
「おい、俺が誰だが分かっているのか?」
なんだか荒々しい声が聞こえてきた。
マドロールがその声にびくりとする。ヴィツィオのことは全く怖がらないマドロールだが、こういう怒鳴り声みたいなものを聞くことは全くないので驚いたらしい。
そんなマドロールを見て、ヴィツィオは「おい」と控えている護衛に声をかける。そうすればその声だけで彼らは皇帝が何を求めているのか分かったらしく、動き出した。
「マドロール、大丈夫だ」
「はい! ちょっとびっくりしちゃいました」
ヴィツィオが声をかければ、マドロールは笑った。
それから街の中心部に戻ると、ヴィツィオとマドロールは買い物を行った。
マドロールが気になるお店に入って、マドロールが気になるものを購入していく。
こうやってヴィツィオと一緒に街を見て回れるだけで本当にマドロールは嬉しいようで、お出かけの間終始にこにこしていた。
「ヴィー様、凄く楽しかったですね」
「ああ」
半日ほどヴィツィオとマドロールは街を見て回った。
領主の館へと戻った後も、マドロールは「今日のおでかけ楽しかったなぁ」と満面の笑みを浮かべている。
ちなみについてきていた領主の娘は、皇帝夫妻に声をかけようとして護衛たちに止められ、それは叶わなかった。
あと声をあげていた男に関しては、このあたりで一番大きな商会の息子だったらしく、領内でそれなりに好き勝手していったようだ。マドロールを驚かせたというそういう理由で、皇室の騎士が商会を訪れ、話をつけていた。
マドロールは「ヴィー様が何か動いてくれたんだろうな」としか認識していない。




